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暗躍者2

 それから数分後、俺たちはミッドのカンテラを中心にして、車座になって宿屋の外で座っていた。周りには似た境遇の人々がたくさんいて、あちこちから煙と一緒に不安が立ち上っているのが見て取れた。

 ミッドはエネルギーの温存のために目を閉じてじっとしているし、クローディアは髪を結びなおして手持ち無沙汰に銃の点検をしている。ロステル氏は相変わらず、能動的な反応を示さない。俺は俺で、することもなくて三人の様子を見比べている。雨が降っていないことが不幸中の幸いだ。


「……ねえ、ドウツキちゃん。ドウツキちゃんは、今の身体でしっくりきてる?」


 ふと、クローディアが俺に向けてそんなことを訊ねてきた。俺はそちらを向く。彼女の視線は銃に向いたままだ。突然だな、と思いつつも、俺は思案する。


「そうだなあ、しっくりきてるとは思う。顔とか特に、この火傷痕を直すつもりもないし」

「うんうん。あたしはそれ、好きだよ」


 外見をほめられるというのはなかなか気恥ずかしいもので、嫌でもないのに俺は視線を逸らして頬を掻いてしまう。なんとか、話題をクローディア側に移そうとする。


「クローディアは、しっくりこなくて女性型に換装したんだよな?」

「うん、まあね。ほら、あたしプロトタイプのみーくん抜いたら一番じゃん。最初はこれから生まれてくる弟の見本になるよう、しっかりしなきゃなって思ってた」


 ミッドがおそらくそうであるように、クローディアもそうした姉としての矜持を持っているらしい。彼女は足を軽く伸ばして、自分の隣に銃を置く。


「でも、日に日に自分の身体が自分のものじゃないような、変な感じが強くなっちゃって、しっかりするって何だろうって思って、だいぶ悩んじゃってね。トールはあんまり、あたしたちの頭を弄りたくないって言ってたし」

「そういうの、ミッドや他の弟に相談したりした?」

「みーくんとヴォルっち……えーと、八番目の弟のことね。お医者さんの彼には相談したよ。それで踏ん切りがついた。なりたい自分を隠すって、苦しいし、やめようって」


 そのように語る彼女の金の瞳はランタンに照らされて、どこか優しく輝いているように見えた。


「弟たちに、こういう方法もあるよっていう見本になればいいなって思ったのも、多分ホントのこと。もちろん、今もいいお姉さんになれたらなーっていう欲もある」


 爪先を揺らしながら、彼女は柔らかい笑みを見せる。


「あたし、ドウツキちゃんのいいお姉さんでいられてる?」

「うん、一緒にいて安心するし、心強いと思う」

「やったー」


 柔らかい笑みを深くして、彼女は片腕を夜空に突き出した。その様子に俺も和んでしまって、表情を和らげる。

 こんな話を切り出すクローディアもクローディアで、きっと不安なのだろう。俺や微睡むロステル氏、それにミッドを失うことのないように、彼女なりに恐怖や葛藤と向き合っているのかもしれない。


(ちゃんと、自分の身は守らないと、だよな……)


 俺は彼女の優しさに、壊れないことで報いたいと思った。


「そうだ、クローディア。魔物避けの範囲なら、歩いても大丈夫かな?」

「うん、大丈夫だと思うよ。どうしたの?」

「俺、魔物避けを間近で見たことないんだ。一度、見ておきたい」

「いいんじゃない? そこなら、戦い慣れた人もいっぱいいるだろうし……二人のことは任せておいて」


 彼女はロステル氏とミッドに視線を向けて、俺に親指を立ててみせた。地球から持ち込まれた「大丈夫」だとか「いいよ」とかのサインだ。俺はそれを見て頷き、ゆっくり立ち上がって、魔物避けの光る方向へと歩き出す。

 焚火やカンテラを中心にテントを張ったり、休息を取ったりしている人々の合間を縫って、宿屋の正面から側面に回る。灯りのない森がすぐそこにあるからか、一気に人の数は減り、驚くほど静かになる。


(魔物の足音も遠いし、風に砂の匂いも少ない)


 俺はほんの少し立ち止まって、風の流れや、遠くに聞こえる魔物の足音などに耳を傾けてみた。魔物の気配は遠く、砂塵の香りも先ほどよりは落ち着いている。先ほど宿屋で拾いたい音を拾うよう挑戦してみたおかげか、少し聞き分けられるようになった気がする。

 だから、風の音に紛れた奇妙な足音にも反応できたのかもしれない。


(何だろう、魔物はいないはずだし、人間のものでもないな……)


 随分と硬質な音がする。少なくとも、人間の足音ではない。一緒に、何かを引きずる音もする。しかし、何となく聞き覚えのある音だ。データを漁ってみる。その間に、音はどんどん近づいてくる。森の奥に、大きな影が見えて、俺は少し身を強張らせる。

 やがて、それは姿を現した。

 灰色の気持ちよさそうな毛並みに、クッションのような輪郭から生えた六つの脚。そして、細い尻尾。その生き物は、砂まみれの鞍とぼろぼろになったそりをつけたまま姿を現した。


(毛の色は違うけど、これって、ムツアシ……だよ、な)


 それは、到着当初に見たムツアシという生命体だった。ただ、毛色が違うということもあって、乗合馬車を引っ張っていたものとは違う個体だった。俺は近寄って、威嚇されないことを理解してから、重たそうなぼろぼろのそりを外す。


(乗り手の人は……いないのか)


 俺が沈痛な面持ちでムツアシを撫でると、ムツアシは「むう」とも「もう」とも表現しがたい愛嬌のある鳴き声を漏らして、俺に体をすりつけた。機械でなければグレムリンに襲われず、人の形をしていなければオークに襲われない。無論、整った植物を生やしているわけでもないから、ゴブリンにも襲われない。となれば、なるほどムツアシが生き残るのは道理だ。

 俺は乗り手がいたであろう砂と血のついたぼろぼろのそりを、しゃがんで調べてみることにした。すると、そりの木材と木材の隙間に、何かが挟まっていることに気が付いた。じっと、それを覗き込む。

 それは、黒塗りの針だった。俺が拾って、佇むテーブル亭の女将さんが、同じ針の落とし物があると言っていた、あの針だ。俺は他に刺さっていないか探したが、針はこれ一本だけのようだった。


(針を落としたなら分かるけど、結構しっかり刺さってるな……)


 ミッドは投擲武器だと言っていた。誰かがこれを使っている。そして、そりには針が刺さっていて、乗り手はいない。それがどういう意味なのか、考える。


(好意的に見れば、攻撃を外してそりに刺さった。悪意をもって考えるなら、そりに向けて、誰かが攻撃をした?)


 さっきまで足元を這いずり回っていた気持ち悪さが、脚を伝って一気に背中を駆けあがる。俺はムツアシの方を見る。そしてその毛並みを撫でて、かつて御者の人に言われた通り、後ろに回らないよう、慎重に探る。

 俺は「あっ」と口を開く。ムツアシの背中の皮膚をかすめて、柔らかい毛に黒い針が絡まっていた。ふわふわとした毛並みは、どうやら彼らをちゃんと守ってくれるらしかった。


「……うーん、お前を安全なところまで連れていかないと、だよなあ」


 灰色のムツアシは暢気に「すん、すん」と、どこにあるかも分からない鼻で俺の匂いをかいでいる。金属の匂いがするのだろうかと考えながら俺が歩き始めると、後ろをついてくる。

 少し悩んだが、俺は宿屋の裏手、すなわち魔物避けの柱があるところへと移動することにした。どのみち、ムツアシをこのまま放っておくわけにもいかないからだ。

 宿屋の裏手の少し離れたところには、すでに武装した旅人や夜駆たちが集まっていた。喋れない上にムツアシを連れた俺は変に映るようで、皆が怪訝な顔をしてこちらを見ている。


「だ、誰か、通信繋げる人はいませんか?」


 そうおっかなびっくり呼びかけてみたが、残念ながら通信装置を耳につけている人はいないらしい。応答はなく、肩を落とす。どうにか伝えようと、俺は彼らに近づいてムツアシを指差し、続いてそりのある方も指差した。すると彼らの何人かがそりの方へと移動していく。


「ほら、お前も多分保護してもらえるから、さっきの人についていくといいよ」


 俺は伝わらないのが分かっていて、ムツアシの側面をぽんぽんと撫でて、ダメもとで向かった夜駆たちを指差してみた。が、ムツアシは俺に頭と思しき箇所をすりつけるばかりで、一向にそりの方へ向かわない。


「こ、こら。だめだって……」


 戸惑いながら、俺はムツアシをどうにか向こうへ連れて行こうとする。だが、彼か彼女か、ムツアシはやはり俺から離れない。観念して、俺はムツアシを連れて、魔物避けの様子を見ることにする。巨大で細長い、ランプのような形状をした魔物避けは、青白い光を放っている。

 俺から見ると何でできているかは分からないが、ちょっとやそっとでは破壊できないものに見えた。


「ええっと……」


 俺は近くのターバンを巻いた旅人の男性に、魔物避けを指差して、首を横に傾ける。旅人も、俺の言いたいことを考えてくれているようで、腕を組む。


「心配しなくとも大丈夫だ、これだけいれば、魔物避けを消させることもない」


 そうじゃない。それはそれとして有難いが、そうじゃない。俺は眉尻を下げて、どう伝えるべきかおろおろとしてしまう。その間に、別の帯剣した夜駆と思しき女性が近づいてくる。


「だが、さっきもあれだけの人数で守っていたはずなのに、消えたのは一瞬だったじゃないか」

「そうなんだよ……おれはあの時離れててなー……」


 二人は首を捻りながら、先ほどの佇むテーブル亭の灯りが消えたことについて、俺を置いて話し始める。


「まったく、ファニング商会製の魔物避けが消えた試しなんてないのにな」


 ファニング。その姓を想定外のところで聞いて、俺は二人の視界の外で目を見開く。俺の耳が可動式だったなら、ぴくりと動いたことだろう。

 俺は敢えて、二人に思案の仕草をしながら怪訝な表情で首を傾ける仕草を見せる。できる限り大げさに、感情が伝わるように。


「何だ、坊主。知らないのか? ここら一帯を管理する港町の領主の会社だよ」


 俺は興味を伝えるべく、早めの頷きを二つする。旅人と夜駆は、何となく俺が喋れないことを理解してくれたか、仕草をきちんと見てくれている。一方ムツアシと言えば、俺から付かず離れずの距離で、適当に長い草を食んでいる。


「ここのあたりの魔物避けは、ほぼファニング商会製と言ってもいい。消えない、壊れないということで高い評価があるはずなのだがな」

「一気に三つ消えるなんて異常事態なんだよな」


 夜駆の女性が剣の柄に肘を乗せて、ため息をつき、首を横に振る。旅人の男性も肩をすくめている。俺は二人の言葉をきちんと記録しながら、手招きをする。駆け足気味にぼろぼろのそりの方に戻って、それをどうにかこうにか引っ張って持ってくる。そして、刺さったままにしてある黒い針を指差す。


「む、この針は……先ほど、佇むテーブル亭の女将に渡したものと同じだな」


 俺は自分と針、そして佇むテーブル亭の方を順番に指差す。俺は人差し指を丸めて口元に近づけ、彼女を見ながら首を傾ける。


「お前の武器だって?」


 俺は首を横に振る。


「そうだな、それなら……自分も拾ったことがある、これでどうだ!」


 俺はしきりに頷いて拳を握る。


「喋れないってのも大変だなあ、坊主」


 旅人の苦笑いに、俺もあいまいな笑みを浮かべる。それでも、意志が通じたことが、俺には嬉しいことだった。


「しかし、物騒な武器だな。黒塗りの針といえば、暗器だろう?」


 夜駆の女性が眉を寄せる。俺は「あんき」という単語がデータの中から見つからなくて、こめかみのあたりをとんとんしたり、掻いたりする。


「暗器ってのは、人を殺傷するための武器だ。エネルギー量から考えりゃ、魔物にはてんで向いてない」

「それがそりに刺さっている? 人対人で戦ったということか?」


 二人は真剣な顔をして、針を睨んでいる。

 確かに、オークに針を突き刺したことはあったが、それで針は曲がってしまったし、効果も非常に薄いようだった。なおのこと、疑念は強まる。

 誘導している者がいて、それが加えて旅人たちを攻撃した、とでもいうのだろうか。そんなことをして、何の得があるというのか。想像がつかない。


「ともかくこのことは、他の者たちにも伝達しておくべきだろう」

「そうだな。坊主、ムツアシに懐かれてるみたいだし、そいつは頼んだぞ!」


 止める間もなく、二人はそれぞれの持ち場に戻って他の者たちに伝達を始めてしまった。にわかに、魔物避け周辺がざわつき始める。

 取り残された俺は、灰色のムツアシに頬ずりをされながら、こいつをどうやってミッドたちの場所まで連れて行こうかということを考えねばならなかった。俺はムツアシが他の人たちの邪魔にならないよう遠回りしながら、ミッドたちのいる場所へとたどりつく。


「お。おかえり、どうだった? って、うわっ、ムツアシじゃん!」


 クローディアが手を振って、俺を出迎えてくれる。彼女はムツアシに驚きながらも、近づいてくる。


「乗り合い馬車を引いていた個体ではないですね。どうしたのですか?」

「実は……」


 俺は二人にいきさつの説明をした。ミッドは眉をひそめ、また考え事に耽る。


「――なるほどね。そりに黒い針、か」


 足を折ってその場に座ったムツアシを背もたれに、真剣そうな言葉とは裏腹にクローディアがだらしない顔をしていた。彼女は頬を毛並みに埋めて、毛並みの柔らかさを堪能しているようだった。ミッドがそれを無表情ながら、心なしか呆れたような視線で見つめている。ロステル氏はといえば、マントをかぶった状態で目を閉じている。どうやら、眠っているようだ。


「うーん、さすが生きたクッションの異名を持つ生命体……手入れされてたんだねー、おまえ……」

「ミッド、ムツアシって結局どういう生命体なんだ?」


 俺がムツアシの胴を手でぽんぽん叩くと、ミッドは無表情のまま、軽く頷いた。


「性質はおおよそ温厚。柔らかい毛並みと肉質を持ち、六本の脚があり、複雑な文様状の血管を介して加速の魔法を行使する生命体です」

「こいつ魔法使うの!?」

「ええ。原生生物は大体そうですね」


 思ったよりもハイスペックなことをすると知り、俺は思わず大き目の通信を出してしまった。俺は咳払いの仕草をして、自分の顔を真剣なものに戻す。


「主に運搬用に用いられますが、後ろに立つことはやめた方がいいでしょう。あの鞭のような尻尾で打たれたり、加速のついた脚で蹴られたりしてしまうからです」


 俺は改めて注意点をきちんと聞いてから、灰色の毛並みに視線を移す。ミッドは説明を続ける。


「乗りこなすことはそう難しいものではありません。このムツアシはそりを引いていたのでしょう? それなら、十分に訓練を受けているはずです」

「ミッドは乗れるのか?」

「ええ、一人旅の時代はよく乗ったものです」


 ミッドは片頬をくいと人差し指で上げた。それがほんの少し得意げに見えて、俺も笑みをこぼしながら頷き返す。


「ミッドが一人旅してた頃って、俺、知らないんだよな。どんなところに行ったんだ?」

「弟たちがいるところなら、どこへでも……いえ、最初のうちは、ただのアテのない放浪でしたね」


 彼はランタンの光を見つめている。その底知れぬ海の底のような目が、オレンジの光に照らされる。彼の瞳に回顧と温もりが灯る。


「みーくんは『ご主人様』から暇を貰ってるんだよ」

「そうなのか……ああ、いや。無理に、話す必要はないと思う」


 クローディアに先に発言されたからか、勝手に打ち明けられたからか、ミッドの顔が少し硬くなっていることに気が付いて、俺はあたふたと手を振る。ミッドは、俺の様子をしばらく見た後、クローディアをひと睨みしてから、小さく息を吐く仕草をする。彼女は唇を尖らせて、不服そうにしていたが、すぐに表情を穏やかなものに戻す。


「詳しく話すには、まだ私の回路が拒絶するのです。すみません」


 ミッドは軽く拳を握り、口を噤む。


「それでいいと思う。そうか、ミッドには仕える相手がいるんだな」


 今はそれだけ知ることができれば、俺としては十分だった。クローディアも、それ以上口を開くことはなく。俺たちはみな沈黙して、ムツアシにもたれるなり、横になるなりして、ほんの少しの休息に浸り始める。

 俺はクローディアの隣で自分の頭の後ろに両手をやりながら、ムツアシに寄りかかって、星空を見上げる。

 黒い針の持ち主は誰か。そしてその人物が持つ意図はどこにあるのか。そりに刺さっていた理由は何か。そして何より、何故魔物避けは消えるのか。俺の回路の中を、いろんなことが回っては消えた。

 この騒動が終わったら、宿場町A-3というところは、元に戻るのだろうか。俺とは関係のない、けれど拭えない懸念も通り過ぎた。

 俺はもう一度、あたりを見回す。旅人たちは憔悴して、身を寄せ合い眠り始めていた。

 このまま、そう、このまま、朝日が昇ってしまえばいいと思った。それで魔物の時間は終わり、人の時間が戻ってくるというのなら。そうして、救援が来て、乗合馬車が来て、皆今日の日のことを怯えながらも、日常に戻っていくのが、きっといい。

 そう思いながら、俺も瞼を閉じる。思考に熱を帯びた回路が、少しずつ冷めていく。指先までゆっくり力が抜けて、俺はしばしの休眠へと沈んでいく。

 演算音が、小さく、小さく、静かに――。

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