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クローディア1

 太陽がもうすぐ沈む頃。俺は中央広場のベンチに腰かけて、ため息をついた。

 決して広くはないこの宿場町A-3を歩いて分かったことがある。


(これ、夜は不安だろうなあ……)


 周囲が森林に覆われた宿場町は、思ったよりも見通しがよくなかった。

 緑豊かといえば聞こえはいいが、人工的な遮蔽物はわずかに積まれた石壁だけで、これでは魔物避けの外に出た瞬間に魔物に遭遇――などということも十分あり得ると判断できる。

 柱の数は四つ。宿場町を四角く囲うような形で配置されている。四つの柱の側には、木製の物見台が設けられていて、これで魔物の接近や、夜の来訪者などを警戒するようであるが、今はもぬけの空だ。

 宿の数は三つ。『走る椅子亭』、『佇むテーブル亭』、『赤いカーペット亭』。そして宿のない、キャンプ地がひとつ。いずれも柱の側に配置されている。

 宿場町の中央部が乗合馬車の止まる場所だ。その側にスピーカーが一本立った中央広場があって、これから魔物を狩りに行くであろう人たちが寄り集まって相談している姿が今もちらほら見られる。昼間には行商もいるらしいが、さすがにこの時間は皆、店じまいをしているらしい。


「まもなく日没です。滞在者は宿泊施設に戻ってください。物見台担当の夜駆よがりの皆様は、物見台への移動をお願いします」


 スピーカーから無機質な男性のアナウンスが響く。まるでベルトコンベアにでも乗せられたように、人の流れが起こる。中央広場からグループが消え、個人が消え、あっという間に俺がぽつんと残される。


(まるで統率された機械みたいだ)


 俺はその様子をぼんやりと見送って、さっきの走る椅子亭の方で光る魔物避けの柱を見上げる。幾何学模様の掘られた、素材の分からぬそれは、ほとんど夜になった空の前で、青白くほのかに、頼りなく輝いている。

 そのまま視線を上に向けて、星空を見上げる。月の浮かぶ夜の空には、相変わらず星の海が広がっている。輝く色々はそのうち足元にも広がって、優しく照らしてくれる。


「そこのアンドロイドのお兄さん、日没アナウンスは終わったよ」


 ふと、俺の背後から声が掛かる。はきはきとした女性の声だ。振り返り、俺は声の主の姿を確かめようとする。

 そこにいたのは黒の髪をポニーテールにした、金の眼のガイノイド(地球産の女性型機械)だった。背中に細身の黒い銃を背負っている。翼を模した機械やフリルの取り付けられた黒いラバー素材が、凹凸のはっきりした躯体をぴっちりと覆っている。アンテナは欠けひとつないが、穴がひとつあいていて、そこからピアスのように銀のリングが二つ通っている。彼女が高いヒールで歩く度に、リングがかすかに鳴った。


「……ニューロちゃん?」


 彼女は俺を見て、ひどく驚いた様子で違う名を呟く。俺もその名で呼ばれて、驚く。その名が『俺』になる前の、この躯体の人格プログラムの名だからだ。

 Neuromancerニューロマンサー。機械に変調を来たす歌を持つ、特殊な個体。研究施設に連れていかれて、脱走し、明日を夢見たミッドの四番目の弟。しかし彼は死んだ。最愛の製作者である、トール・ジニアを目の前で失ったからだ。

 彼は自分のデータの中にあるトールという人の情報をかき集め、自分の人格プログラムに上書きした。それでトールを生き返らせようとしたのだ。

 だが失敗した。結果、不完全に特徴が混ざり合った俺という人格が生まれた。俺とはつまり、アンドロイドであると同時に、死者のつぎはぎだった。

 だから、俺は通信で彼女にこう答えることしかできない。


「あの……えっと。ごめん。ニューロマンサーは、もう、いないんだ」


 ニューロマンサーとトールのことは覚えていても、もう、二人ともどこにもいないのだ。俺は顔を伏せ、左腕に巻いたネクタイに手をやった。彼らの形見となった、ネクタイに。


「……うーん」


 彼女は驚いてはいるようだったが、俺をまっすぐ見て唸る。


「じゃあ、あたしのことも覚えてない、よね?」


 俺は何も言い出せなかった。どうやら彼女はニューロマンサーの知り合いらしかったが、俺にその記憶はない。申し訳ない気持ちになりながら、頷く。


「そっか……ごめんね」


 寂しそうに、彼女はうなだれた。だが、俺が謝罪の真意を聞く前に、彼女はすぐに顔を上げた。


「っと、そろそろ外で喋ってるのもよくないし、よければ付いてきてくれる?」


 彼女が走る椅子亭の方を指差したのを見て、それなら、と俺も立ち上がる。明るい彼女の、俺を怖がらせないようにとの気遣いが伝わってくる。


「あたしはクローディア。まずは君の名前から教えてもらおっかな」


 俺は彼女に話をした。自分の名前。自分がどういう存在であるのか。あるいは、どういういきさつでここに来たのか。そして今、誰と一緒に行動しているのか。

 その最後の回答に、彼女は強く食いついた。目を輝かせて、俺にずいと顔を寄せる。


「みーくん来てるの!?」

「そ、それってミッドのこと? それなら、一緒に来たよ」

「みーくんが人連れて旅してるの!?」


 驚かれた。


「俺が付いていきたいって言ったんだ」

「みーくんがオッケー出したの!? あのみーくんが!?」


 二度驚かれた。

 クローディアはしばらく喜んだり驚いたりと百面相を繰り返していたが、やがて落ち着いて俺の顔を見る。


「あ、ごめんごめん。彼が誰かと旅をすることを選ぶなんて、ちょっと今までになかったから、びっくりしちゃった」

「いや、それだけ一人でやってきたんだなって……すごいんだな」


 やがて俺たちは、待ち合わせの場所に到着した。

 指定した看板の下に佇むミッドを見つけて、俺は手を振る。だが、その場で手を振った俺と違い、クローディアは一目散にミッドに向けて走り出した。彼女の履いていたヒールが緑に輝き、たちまちのうちに彼女を加速させ、浮遊させる。


「みー、くん!!」


 こちらに気づいたミッドは軽やかな足取りで彼女をかわし、抱擁を拒んだ。通り過ぎた彼女は、危うく繋がれたムツアシにぶつかりそうになりながら、その場でターンしてミッドに向き直り、着地する。


「お久しぶりですね、クローディア」

「みーくんの意地悪! 泣いちゃう!」


 ミッドのそっけない対応に、クローディアは両の拳を握りしめ、むくれた表情をする。ぽかんとした俺を置き去りにして、二人はやいのやいのと言葉を交わし始める。何となく雰囲気が機械の街に置いてきた友人に似ているからか、若干ミッドの対応が冷たい。


「みーくんほら見てほら見て、最新の人工皮膚だよ! しっとりして気持ちいいよ!」

「存じております」

「武器もこの間買い替えたんだー、かっこいい銃でしょ!」

「存じております」

「みーくん!」

「存じております」

「みぃぃぃぐん」


 人懐こい子犬を見ている気分だ。ミッドの頬を引っ張ってどうにか自分の方を向かせようとするクローディアに、俺はあたふたと近寄る。


「そこまで! そこまで!」


 レフェリーのように二人を引き離して、俺は二人の顔を見比べる。が、二人が同時にこちらを見ると、それはそれで気圧されてしまう。手を胸の前でおろおろさせながら、必死に通信を送る。


「え、えっと、えっと。ふ、二人はどういう関係……?」


 一拍置いて、先に口を開いたのはクローディアだ。微妙に嫌そうな顔をして視線を外しているミッドを腕で捕まえて、頬をつつく。


「じゃ、改めて初めましてしちゃおっか」


 彼女は俺に投げキッスをして、明るく弾む声を発した。


「Mid_Bird-001『Craudioクローディオ』改めクローディアとは、あたしのことでーす」

「つまり、私の妹です。覚えていますか、ドウツキ。001の項目を……」


 俺は機械の街で見た資料のことを思い返す。確か、001は全身に改造を施した、といった旨のことが書かれていたように思う。

 全身改造。意図的な名前の変更。それが何を意味するか、といえば。


「男性型から女性型に換装したのか?」

「そういうこと」


 彼女はVサインをする。抱擁やスキンシップこそ拒むミッドだが、一番最初の弟のこの変貌をすんなり受け止めている。俺も俺で、「まあ、そういうのもありだろうなあ」とは思うものの、全身ガイノイドに改造するということがただならぬことであるのも理解できる。


「うーんと、ボディが気に入らなかったのか?」

「それもあるね。お手入れは大変だけど、それも楽しみの一つってことで」


 彼女はそれをちっとも気にしていない様子で、にかっと笑ってみせるのだ。ようやく彼女の腕から解放されたミッドは、涼し気な表情を取り戻して礼服の埃をはたいている。


「そうだ、二人とも宿決まったの?」

「いえ、行きつけの宿が珍しく一杯で立ち往生していたところです」

「それならあたしと相部屋しない? あっちの宿なんだけど。みーくん、万全でいたいでしょ。あたしも二人の話、聞きたいし」


 彼女が指差した先には『佇むテーブル亭』との看板を掲げた古い宿屋が見える。クローディアは俺たちの返事を待たずに、一歩踏み出し始めている。


「どうする?」

「願ってもない話です。行きましょう」


 彼の決断は意外と早かった。俺は二度軽く頷いて、彼と彼女の後を追うことにした。

クローディア:正式名称はMid_Bird-001"Craudio"、基本である男性型ボディから女性型ボディに換装し、毎日充実した暮らしをしている。

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