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硝子の中の銀河2

 発達期機械知能のエリアから元来た道を戻ると、再び俺の前に電子書籍と紙媒体書籍の混ざる白い広間が広がる。


(そういえばあのミッドの本、今日はあるかな)


 ふと、俺は前回貸し出されたままだった書籍が今あるかどうか気になって、前に足を運んだ本棚の前へ向かうことにした。かすかなタップ音や、紙をめくる音に、自分の足音を混ぜないように、できるだけ静かに歩く。


(確かこのあたりの書籍のはず……あった!)


 温かみのある木製の本棚の中を覗くと、目的の本があった。俺は人差し指で背表紙を引っかけるようにして、本棚からその書物を取り出す。両手で持ち、データベースで見た表紙を思わず眺める。優しい笑顔を浮かべるミッドの肖像が、そこにある。

 俺は状況の整理も兼ねて、図書館の中でこの書籍を読むことにした。


(あのミッドがインタビューに答えてる……)


 昨日、新聞を読んでいたところに腰かけて、ページをめくり始める。最初は何てことのない、ミッドのインタビュー記事だ。ページの中で、彼らはとりとめのない話をしている。

 時折インタビュアーが、仕草が本物の人間のようだとか、人に極めて近いと言われるだけのことはありますねだとか、そんな賞賛をするのを見る度、俺の回路の中にミッドの苦笑が浮かんだ。


(昨日と今日、あったことをまとめてみよう。俺にできることなんて、分からないけれど)


 そんな記事を眺めながら、並行して、俺は今まで聞いた話をまとめる。考えをまとめておかないと回路がショートしそうだった。


 俺が倒れていたのは一ヵ月ほど前。拾ったのはミッド。その少し前にどこかで大規模停電があって、これがNeuromancerの仕業らしい。

 この時に、不運な事故で彼の管理者、技師のトール・ジニアが死亡している。加害者は機械種で『処分』されたため公開されていない。

 同時期、つまり俺が寝たり修理を受けたりしている間、今いる機械の街にNeuromancerの噂が流れる。噂の彼に記憶装置を持ち去られた被害者は四人。

 クラクは、これがNeuromancerの仕業ではないと考えているようだ。俺もそれに賛成だ。なぜならば、ここに彼の躯体があるのだから。

 そう、俺の躯体こそが、Neuromancerのものだとミッドは言った。


(じゃあ、俺は何者で、ニューロマンサーの中身はどこにいるかってことになるんだよな……)


 となれば、分からないのは彼の躯体に入っている『俺』の正体と、街にいるNeuromancerが本物であるかどうかだ。

 確かに俺たちは機械だ。人間と違って、プログラムだけでも動けるのかもしれない。

 けれど、それにしたって物理的に記憶装置を持ち去るというのは、どうにもぴんと来ない。家庭用アンドロイドの俺たちが、ハッキングをして誰かの身体を奪えるというのなら話は別だが、俺自身もそんな器用なことができるわけでなし、非現実的に映ってしまう。


(クラクも命を狙われてた。消火器を落とすって、そういうことでいいんだよな。無事だといいんだけど……)


 それに、クラクに向けて消火器を落としたのは誰なのかもはっきりしていない。むしろ口封じをしようとした疑いがある分、こちらの方が記憶装置の件と関連性があるのではないかと思うほどだ。

 インタビューの項目が終わった頃に、俺の頭の中は整頓された。


(よし、こんなところか)


 俺は次のページをめくる。次にインタビューを受けていたのは、ミッドの製作者であるトールだった。人差し指を曲げて口元に寄せる思案の仕草が写っている。とても鋭く、真剣なまなざしも一緒に。


 ――Mid_Bird型の評価を受けてどうですか?

 ――嬉しいです。でも、おれは彼らが、まだまだ先に行ける存在であると信じています。

 ――つまり今後も生産は続けると。

 ――ええ、機械と人との懸け橋として、末永く愛される存在であって欲しいと思います。技師としても、父としても。


 写真で白い歯をにっと見せる茶髪の男は、やんちゃな子どもを思わせる表情とは異なり、非常にしっかりと受け答えを行っていた。まっすぐな瞳が、図書室のライトに照らされて輝いている。


 ――この後はご自宅に戻られるのですか?

 ――はい。美味い飯作ってくれる相棒がいるんで。

 ――ニューロマンサーさんでしたっけ。

 ――そうです。カッコイイでしょ。地球の古典SF小説から取ったんです。


 どうやらNeuromancerはこの場にはいないものの、トールの自宅で待っているらしかった。インタビューにはめ込まれた写真の中で、トールは照れ臭そうにはにかんでいた。それを読んでいた俺の表情も、ほんのりと和らいだ気がした。


 ――常に新しい浪漫を夢見るもの。彼にはそうあって欲しいと思っています。


 何とも優しい惚気がそこには記されていた。その後も、トールの言葉はNeuromancerを包み続けた。

 作業室に籠っている間、家事や掃除をしてくれる。いつも感謝していると。


 ――デスクで寝ている時にブランケットをかけてくれたりもするんですよ。たまにピクニックに行くんですが、彼のサンドイッチは最高で、特にローストチキンサンドが友達からも好評なんです。


 インタビューには、隠し切れない優しさが溢れていた。写真に写るその瞳は、慈しみに溢れている。


(大事だったんだなあ、本当に)


 だからこそ、俺はその不運な末路に納得がいかなくて、口をぐっと閉じて、目を伏せた。


 ――最後に、トールさんにとってMid_Birdとは何ですか?

 ――人と機械の間を繋ぎ、明日へ連れてゆくはがねの鳥です。


 インタビューはそこで終わっていた。俺は彼の安らかな眠りを願いながら、そっと次のページをめくる。


(あっ、これはもしかして、俺たちの構造?)


 次に載っていたのは俺たちの構造とスペックの話だった。

 例えば、関節などを動かす機構を覆うように金属フレームがあり、それを覆う形でセンサー入りの人工皮膚が張り付けてあるだとか、そういったものだ。

 目はどれぐらい視えるのか。ジャンプするとどれぐらい跳べるのか。バランスは取れるのか。そして、人間と比較してどうなのか。それらをあのミッドがやらされていて、ちょっと面白かったのはここだけの話だ。小さく俺は咳払いをする。

 結論から言って、視力にしても運動能力にしても、俺たちの躯体は人間に劣等感を持たせない絶妙な加減がなされていることが分かった。だが、それ以上に興味を引いたのは、俺たちの記憶を司る部分のパーツの話だった。


(石英硝子式、記憶装置……)


 Mid_Bird型はもちろん、俺たち地球産の機械の頭部に搭載されている記憶媒体の核とは、硝子らしいのだ。

 かつては地球で百年保つと言われた強化硝子に、特殊なレーザーを当てて恐ろしく小さな傷をつけ、情報を記録する。何層にも分かれて記録されたデータは、顕微鏡で見ると重なり合った星の海のようだという。

 俺たちを俺たち足らしめるものとは、手のひらに乗るぐらいの硝子の板、その中に広がる銀河なのだ。


「……」


 俺は手を止め、写真に載っている硝子の板を、じっと見つめた。そして、指でおそるおそるなぞった。


(これ、は)


 俺はこれに見覚えがあるのではないか。目覚めて間もない時、イデアーレとぶつかった直後、大通りで拾った。そして疑いなく彼女に渡した。この石英硝子というものは、あの時拾った板にとてもよく似ていた。

 背筋をうすら寒いものが駆け上がった。もちろん、確証を得たわけではない。偶然、似ているだけかもしれないし、そうであったとして全く関係のないものかもしれない。俺はいやな考えを追い払おうと、強く首を横に振る。


「?」


 そんな俺の肩を誰かがつついた。そちらを見ると、先ほど手を振った談話室の子どもたちがいた。三人そろって、おっかなびっくり俺を見ている。そのうちの強気そうな赤毛の少年が、鼻を鳴らして俺にメモ帳を突き付ける。


『おつたえしたいことがございますので、そとにでやがってください』


 精一杯丁寧に書こうとしたであろうくしゃくしゃの文字に、俺はどうしようか少しだけ考えて、頷いた。手元の本を指差し、元あった本棚の方をもう一度指差すと、子どもたちは意図を理解してくれたのかしきりに頷き返してくれる。

 俺が本棚に本を返して、外へ出るまでの間、子どもたちは順番を入れ替えながら、俺の後ろをついてきた。

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