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エンゼルランプの墓2

 鍵を回せば、音を立てて四角く区切られた板が上に開かれる。できた穴を覗き込めば、人ひとりが上り下りできる程度のはしごがかけられている。先は薄暗くて、よく見えない。

 ミッドはトランクを開いて、中からカンテラを一つ出すと、灯りを付けて降りていく。今更、彼を呼び止めるわけにもいかず、俺ははらはらしながら彼が降りていく様子を見守る。彼が無事、床に足をつけてから、俺も降りていくことにする。金属でできている躯体のせいか、やたらはしごがきしむ。足元が折れやしないかと、回路が不安でいっぱいになる。

 冷たいコンクリートの床にスニーカーのかかとを付けるまで、俺はすっかり怯えた人間のように息を荒げていた。


「大丈夫ですか?」

「はしご、もっと立派なのにしよう……」

「耐久性に問題はありません」

「心理的には問題あるかな……」

「そうですか。検討しておきます」


 ミッドはいつもの無表情で頷くと、カンテラを部屋の壁の方に向けて、スイッチを押した。先が見通せないほど薄暗かった部屋が、ぱっと明るくなる。

 俺の目に映ったのは、大きな引き出しがいくつもついた壁と、小さな書類の棚だった。俺が入れるほどの大きな引き出しの取っ手あたりを見ると、紙に書かれた番号が張り付けてある。引き出しごとに、その番号は違ったり、空欄だったりとまちまちだ。


「こちらをどうぞ」


 ミッドはカンテラを壁に掛け、書類の棚の方から比較的新しいと思われる紙束を取り出すと、俺に手渡した。俺はその内容をぱらぱらとめくって確かめる。

 001生存確認、全身の改造を確認。002生存確認、右手に損壊を確認。003過度の損壊によりロスト――。

 列挙されたそれは、間違いなく俺たちMid_Bird型の生死確認の内容だった。渡されたのはどうも最新のもののようで、最初から線が引かれている番号も少なくない。


「これを一人で確かめてるのか?」

「ええ。年が一回りするごとに、できるだけ多く」


 途方もないことだった。この番号と備考欄を貫く線ひとつに、死が一つずつ詰まっている。ミッドは逃げずに、それをずっと直視してきたというのだ。


「ニューロマンサーは? 四番だよな」


 だからこそまめな彼が004、Neuromancerを見逃すはずはない、とも取れた。俺は003のすぐ下を見る。

 004のところには、判断保留の青い付箋が貼られていた。めくってみても、空欄があるだけだ。

 ミッドは引き出しの一つを引っ張って、無造作に中から何かを取り出した。それが焼け焦げた腕であると気づいて、俺はびっくりして飛び退ってしまった。彼は俺のリアクションに少しだけ申し訳なさそうに俯くと、腕を引き出しの中に置いて、同じ引き出しからペンダントを取り出した。錆びた細いチェーンに、ドッグタグとターコイズのお守りがついている。


「003は勇敢でした。家庭用の枠を超えて、外でずっと戦っていたのですから」


 今見せられたものと番号を照らし合わせて、俺はようやく理解した。

 ここは、俺たちの死体安置所であり、遺留品置き場なのだ。


「彼からは死後パーツを提供すると聞いていたので、脚が使えなくなったあなたに転用しています。『加速装置』についてはご容赦を」


 そう言って彼は、俺の両脚を見た。そういえば、見慣れない銀色の装置がついていたが、なるほど持ち主はすでに亡き003のものであるらしい。何だか変な心地になって、俺は爪先を落ち着きなく手を握るように動かした。


「じゃ、じゃあこの目は?」


 俺は左目に収まる、黒い眼球を指差す。


「同規格のものを008に造って貰ったのです。彼は遠くの街で存命ですから、ご心配なく」


 心なしか優しげな声で、ミッドはそう言った。

 008、生存確認。 自工房にて「医者」を継続。資料の備考欄にはそのようなことが記してあった。


「俺は、いろんな人でできているんだな。名前も、身体も」


 俺は最後に名簿をぱらぱらとめくって、軽く他の兄弟たちの生死確認を行い、ミッドに返した。彼は大事そうに、それを棚にしまう。

 そこで丁度、玄関のチャイムが鳴った。


「おや……ここでお待ちください」

「えっ、ここで?」


 ミッドはそう言うや否や、俺の問いかけも無視してはしごを昇って行ってしまった。そして、入り口の蓋を閉めてしまった。木箱の動く音がしたあたり、どうも入り口自体も隠したようだ。かろうじて聞こえる音を、俺のセンサーが拾う。


「こんにちは、ミッド!」


 聞き間違うはずはない。その明るい少女の声は、イデアーレのものだった。行儀が悪いとは思いながらも、俺は呼吸の仕草も忘れて、耳をそばだてる。


「こんにちは、イデアーレ嬢」


 一方、抑揚のないミッドの声は、くぐもって聞こえにくい。


「ホールで歌うこと、考えてくれた?」

「何度も申し上げますが、お断りします」

「どうして? あなたの歌を待っている人はたくさんいるわ」

「私は人の為に歌うことは致しません」


 そういえばミッドは、歌が好きだが、歌うことは今も好きか分からないと言っていた。俺は息を潜めて、その会話の成り行きを聞く。


「優れた才能があるのなら、それで社会に貢献すべきだわ。あなたの歌は人の心を癒せるのに」

「でも、私の回路を癒すことはありません」

「人間らしく作られているのだから、人間のようだという評価は賞賛だわ。受け取るどころか突っぱねるあなたは不自然よ」


 イデアーレの語調が困惑と共に強くなる。


「どのような技術を凝らしても、どのような歌を歌っても、人間のようだとしか返ってこないことに疲れたのです」


 ミッドは言葉に間を開けた。なんとなく、俺には彼がため息をついているのだと予測がついた。


「私は人間ではありません。人間になりたいとも思いません。どうか、お引き取りを」


 冷えた空気が床の蓋をすり抜けて、俺の足元にさえ漂う錯覚があった。


「何より人間に近く造られたはずのあなたがそんなことを言うなんて。わたし、どうしたらいいか、わからないわ」


 イデアーレは涙ぐんだような声でそう言うと、小さな足音を立てて外へと走り去って行った。


(そういう風に造られたとしても、何をどう感じるかは個人次第だろうしなあ……発達した知能ならばなおのこと)


 何とも言えない居心地の悪さに、俺は腕組みをして壁にもたれかかる。


 俺たちとは、俺たちを取り巻く世界とは、何なのだろうか。この街を見るに、アンドロイドやガイノイドには人間と同等の権利が与えられている。それは、自由を意味するはずだ。にもかかわらず、ミッドにはアンドロイドハラスメントだと言われつつも「人間に近く在ること」が求められている。


(クラクだってそうだ。好きな人は自分で決めるって言ってた)


 クラクはクラクで、同族を愛することができず、金属でできた理想の人を追い求めているという。どちらもどちらで、ままならないものだということは記憶のない俺からも理解できる。

 いっそこれほどまでに機械と人間が近い存在でなければよかったのだろうか。そうすれば、お互いがお互いを気に掛けることもなく、理解し合えないものとして離れて暮らしていけたのではないだろうか。


(それでも、トールっていうのは、人間に近く、俺たちを造ったんだよな。どうしてだろう)


 トールは。彼らの友人であるトールなら、こういう時に何と考え、何と言ったろうか。じりじりと痛みともしびれとも取れぬ感覚が、頭部の回路を這い回る。めまいがする。思わず額に手を当てる。

 ――帰ってきて。


(帰るって、どこに。俺は自分の番号さえ分かんないんだぞ)


 俺は耳元で聞こえた、誰のものともつかない囁きを、悲しいやら苛々するやらで、少し乱暴に押しのけた。声はあっけなく消えた。


(……004)


 ほのかな灯りの中、資料の入った棚が目につく。ミッドの許可を聞かずに別の資料を見るのもどうかと思ったが、手持ち無沙汰な落ち着かなさが勝る。おずおずと棚に手を伸ばし、前の年の資料を見る。目的はもちろん、004が前の年にどうだったか知るためだ。


 004、生存確認。末永くトールと幸せに。


 前年の彼は、幸福であったらしい。一緒に留められていた写真に目をやる。

 トールはぼさぼさの茶髪で、切れ長の黒い瞳が目立つひとだった。汚れた灰色の作業服を着て、スパナ片手に笑っている。その隣で、黒髪のいかにも大人しそうなアンドロイドがはにかんでいる。手に持っているのは、ピクニック用の籠だろうか。写真の向こうで、遮るもののない青い空の下、二人は楽しそうに笑っている。俺はその二人の顔をじっと見た後、資料を戻す。


(こんなに幸せそうなのに、それじゃダメだったのか?)


 こんなに幸せに笑っている二人の片方が頭を撃たれて死に、もう片方が狂ったか何かして、記憶装置を抜いて回っているだなんて考えたくなかった。俺は、棚の側で膝を抱えて座る。気分は最悪だ。頭ががんがんして気持ち悪い。床の蓋が開く音に気付けなかったぐらいには。

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