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エンゼルランプの墓1

 ミッドの家に戻ると、彼は庭のエンゼルランプに水をやっているところだった。表情一つ変えず、均等に水を与えているところは、いかにも機械らしさを前面に押し出しているといった風だ。


「おかえりなさい」


 無機質な声色と共に、彼は銀のじょうろ片手にこちらを向く。底の見えない青いカメラアイが、俺を見つめている。クラクが空の果てまで澄んだ目なら、彼の目はまるで海の底を映しているようだ。


「ただいま」


 それに対する二度目のただいまは、思ったよりすんなりと出せた。でも、次の言葉をどう送るものかと悩んで、奇妙な間が生まれる。


「……クラクは出かけましたか?」


 先に切り出したのはミッドだ。


「あ、ああ。うん。サンドイッチの店に付き合ったんだけど、その後に行くところがあるって急に……彼って何者?」


 消火器の件については不安がらせてしまうかもしれないと過り、俺はその部分だけはぐらかして、クラクが何であるかを知ろうとする。


「Neuromancerに関する調査団の団長です。とてもそうは見えないでしょうが」

「まじで」


 ミッドは俺に包み隠さず答えた。思わぬ肩書きに、俺は目を丸くしてしまった。


「トールの友人ですから、首を突っ込んだのでしょう。こと情報収集能力については、他の人間の比ではありませんよ。そこだけは評価しています」


 最後に腐れ縁ゆえか、言葉の棘を一つ残し、ミッドは小さな物置まで歩いて行って、じょうろを置いた。俺は彼が戻って来るのを待ってから、通信を送る。


「ミッドは昨日の夜、俺に知る権利があるって言ってたよな」

「確かに申し上げました」

「いくつか聞きたいことがある。昼頃まで付き合ってくれるか?」


 俺の通信を聞いた後、彼は一拍置いて、緩慢に頷いた。そしてまだ天辺まで昇っていない太陽を見て、目を細める。


「かしこまりました。立ち話も熱疲労の元ですし、家の中に入りましょうか。どうぞこちらへ」


 ミッドはそのままゆったりとした動作で家の扉を開き、いつもの安楽椅子に腰かける。その隣の机の上に、昨日も見たダイヤル式の箱が置いてあることに俺は気づく。


「それは?」

「小物入れです。少しの間、大事なものを入れておくための」


 彼は白手袋をはめた手で大事に撫でると、そっと箱を横に置く。俺もそれを見届けてから、昨日の椅子に腰かける。視線を横に向けると、今日もステンドグラスは輝いている。


「……一日、歩いてみたり、考えてみたりしたら、さ。外も中も、分からないことでいっぱいなんだ」


 俺は背もたれに体重を預けて、腹のあたりで指を組んで目を閉じる。ひとつひとつ、聞きたいことを頭の中で整頓する。通信を送るのはそれからだ。


「ミッドは、ニューロマンサーを知っているんだよな?」

「ええ、私の弟です」

「外で起きてるニューロマンサーの事件、ミッドはどこまで知ってるんだ?」


 ミッドはしばらく悩むかのような間を開けた後、机の引き出しから紙の束を取り出した。印刷されたもの、手描きのもの、クリップで写真を留めてあるもの。それらが雑多に折り重なっている。


「Neuromancer失踪の件については、クラクを通してでしか情報が入らないので深くは理解できていません。しかし、『この街で起こっている』Neuromancerの事件ならば、多少は」

「記憶装置を抜いて回っているっていう方か」

「ええ」


 彼は資料の束から、青い付箋のついた白い紙を抜いた。俺は椅子を引きずって、より近くで見ようとする。


「今日を含めて被害は四件。犠牲者はいずれも人間が作ったアンドロイドないしガイノイドで、全て頭部の破損が確認されています」

「聞くだに恐ろしい話だな……」

「ですが、死因……躯体が破壊された事情は様々です」


 ミッドはもう一枚資料を持ち出してきて、その文字列を視線でなぞる。俺は身を乗り出して、その中身を見る。難しい文字が並んでいる。


「一人目は高所からの落下。生活苦による自殺と見られています。二人目は郊外でグレムリンに襲われて破損。三人目は開発区で倒れてきた鋼材に巻き込まれての事故死。……今日の四人目は、グレムリンによるものですね」

「……ニューロマンサーが手を下しているわけではない?」

「そのようです。直接殺しているのではなく、死体になってから損壊している、と」


 俺はミッドの言葉を聞いて、腕を組んで首を捻る。


「グレムリンが記憶装置を抜くってことはある?」

「そのようなケースは聞いたことがありません。彼らは更なる犠牲者を呼び寄せるために声帯パーツには興味を示しますが、記憶には頓着しませんので」

「それはそれで悪趣味だな……」


 どうすればそんな習性を得るのか、若干ながら外への恐怖感が増す。


「……もちろん記憶装置を抜くのは犯罪だよな?」

「当然です。罪がNeuromancerのものなら、彼には窃盗と死体損壊の罪が問われるでしょう」


 ここに来て、アンドロイドを損壊することが罪にならないと言われたらどうしようと思っていたので、俺はほっと息をつく。だが状況はちっとも安心できるものではない。慌てて今の仕草を取り消すように首を横に振る。


「ミッドはどう思うんだ、ニューロマンサーのこと」

「罪は罪です。もし彼がそのような行いをしているのなら、正しく裁かれるべきです」


 躊躇なく、ミッドはそう答える。無機質な声がいつになく冷徹さを帯びている。けれど、その冷たさが、今の俺には何より頼りになる。


「そうだよな。それが正しいよ」

「ただ、それは犯人が本当にNeuromancerであった時の話です」


 ふうっと息を吐く仕草をした俺は、ミッドのその言葉に首を傾ける。


「もしもこれが、Neuromancerを偽る人間の仕業なら、同じ罰が与えられます。ですが機械種の仕業であるなら、街から『処分』を受けた後で無罪放免となります」

「処分って、そういえばトールの話をしている時も言ってたな」


 処分済み。機械種は身内に甘い。処分という言葉は恐ろしげに聞こえるが、どうも俺が思っているものと違うような気がする。クラクの言葉を思い出して、俺は傾けた首を今度は反対側に傾ける。


「要は、正しくない動作を行ったとしてデータを回収され、性格や記憶を調整されたり躯体を替えられたりして、ベースはそのまま街に再び出されるのです」

「それこそ俺たちにも適用されるものなんじゃないのか?」

「この街において、アンドロイドの罪は人間の罪と同じ扱いなんです。人間が作ったものなので、人間の道理で裁く、ということになっています」

「ええ……」


 何となく不平等さを感じて、俺は不服に顔を歪ませる。


「この街は機械種の街ですから、ルールも機械種が主だって作っているのです。愉快な理不尽もしょっちゅうです」


 ミッドもそう思っているのか、どこか棘のあるもの言いで窓の向こうを睨んだ。

 このままだと空気が悪いので、俺は視線をさ迷わせながら次の話題を探す。俺が気になっているのは、旅をしているらしい彼がここに残る理由だ。


「なあ、ミッドはあっちこっち行ってるんだよな。そんな理不尽で物騒なところなのに、ここに留まっている理由は何だ? やっぱり、俺の看病?」


 そう、こんなに物騒なのだから出て行ってしまえばいいのではないか。旅慣れているならなおのこと。だが、俺を三十日も看ていたというのだから、俺が足かせになっているのかもしれない。少し心配だった。

 俺は彼のものであろう、トランクに視線をやった。ミッドは少し困ったように眉を下げた後、ゆっくり言葉を出す。


「あなたの看病もありましたが、それだけではありません」


 彼は首を横に振る。そして背中を安楽椅子の背もたれに預けると、ドアの方へ視線を向け、やがて瞼を閉じる。


「先の話題と繋がりますが、この家で暮らすにあたって、街と取り決めがありましてね。同じMid_Bird型と思しき個体が罪を犯した疑惑が浮上した場合、私はここに留まって原因を究明しなくてはならないのです」

「それでこれだけ資料が集まってるのか」


 おそらく、この街にも法によって取り締まる組織などがあるのだろう。そこに所属していないであろうミッドに資料が集まっていることに、やっと合点がいく。だが彼が調査に駆り出されることに納得はいかない。


「でも、弟の罪は弟のものだ。弟の不祥事を兄が背負う必要はないんじゃないか?」

「なかなか、そうもいかないのですよ。私は、どれだけ旅をしようと、この家を手放せない」


 俺の不服げな通信に、ミッドは苦笑した。困っているとも、諦めているとも読める表情だった。俺はその目元の隈がいっそう深くなったように見えて、ぐっと胸部あたりにつっかえるようなものを感じた。


「そうですね、あなたにはお見せしましょう。ドウツキ、こちらへ」


 彼は引き出しから真鍮の鍵を取り出すと、立ち上がった。それから部屋の隅に向かって、昨日クラクの座っていた木箱を退け始めた。俺もただ突っ立っているだけは嫌で、木箱を退ける手伝いをする。


(これは、隠し扉……?)


 やがて木箱をすべて退け終えた時、俺はフローリングの木目が不自然なかたちで四角く区切られているのを見つけた。ミッドはその一角にしゃがんで、開いている穴に鍵を差し込んだ。

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