9話:記憶「奴隷」
「どうかしら、フユ。この御屋敷には慣れた?」
うん。アミテが色々と教えてくれるからね。
「後輩の面倒をみるのは先輩の務めだから、いいのよ」
ありがとう。
仕事のことだけじゃなくて、勉強まで教えてくれて。
「フユが勉強熱心だから、私も教え甲斐があるわ」
「他の奴隷の子は、あまり興味がないみたいだし」
日々の仕事に追われて、大変だからね。
仕事が終わった後は、休みたいんだよ。
「あら、フユだって沢山仕事をやらされてるじゃない」
僕は勉強が好きなんだ。
今まで知らなかったことを学ぶのは、とても面白い。
それに無知のまま、何も知らないから何も出来ないなんていうのは、耐えられないんだ。
他の奴隷達のように、下級魔族だからどうにもならない。そう諦めるのが嫌だ。
少しでも自分を磨き、変えて、今よりももっと大きな自分になっていきたい。
なっていかなくちゃいけない。
「随分、しっかり考えるようになったわね」
「まだ私よりぜーんぜん背が低いのに」
それは関係ないでしょ。
「あははは」
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「今夜は冷えるねぇ」
うん。すごく寒い。
「今頃、御主人様は魔法で暖められた部屋で、大きくて柔らかなベッドに入ってるんでしょうね」
「一方の私達は、粗末で狭くて汚くて、とっても冷たい部屋の中」
「与えられているのは毛布でもなく、布切れ一枚」
「こんなんじゃ寒くて眠れないわ」
アミテ、震えてるね。
大丈夫?
「あんまり、かな」
「そうだフユ、一緒にくっついて寝ようよ」
「そうすればあったかくなる」
うん、いいよ。
「はぁ~、フユの手はあったかいねぇ」
アミテの手は冷え切ってる。
「水仕事の辛い季節になりましたからなぁ」
なにそれ。
でもこうやって、僕の両手で包んでれば温かくなるかな。
「うんうん。いい感じ」
よかった。
これで眠れそう?
「おかげさまで」
「ふぁ~ぁ。それじゃあ、おやすみぃ」
うん、おやすみ。
……温かいよ、アミテの方が。
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「フユが御屋敷に来て、もうどれくらいになるかな」
ええっと、20年ぐらいだと思う。
「そっか。もうそんなになるんだ」
「どうりで、私も背を抜かれちゃうわけだ」
どうかしたの、アミテ?
浮かない顔をしてるけど。
「うん、ちょっとね」
「ねぇフユ、そろそろ覚悟をしておいた方がいいと思うんだ」
覚悟……
「フユも気付いてると思うけど、御主人様は若い男の子が大好きなのよね」
「それで気に入った奴隷の子を部屋に呼んで、その、アレよ」
夜伽をさせるんだね。
「え、ええ」
「一応ね、なにがあってもいいように、心構えだけでも」
アミテは、大丈夫なの?
「まぁね。御主人様、女には関心ないのよ」
「私はただの労働力だから」
「フユはすっかり可愛くなっちゃったから、どうなるか分からないんだけど」
「自分で気付いてない? フユは女の子みたいな顔してるんだから」
「もしかしたら、御主人様の好みから外れてるかも」
「私は、その方がいいけど」
最後、なんて?
よく聞き取れなかった。
「な、なんでもない、なんでもない」
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「俺はな、小さな果実をじっくり育てて、青さが抜けきる前に収穫するのが好きなんだ」
「小粒でもない。けれど成熟しきってもない」
「そのギリギリの色味こそが、最も美しく、そして美味い」
「分かるか、フユ」
はい、御主人様。
「ククク、はっきり言って、お前の理解などどうでもいいがな」
「重要なのはお前が程よく育ったということだ」
「顔は少々気に入らんが、そこは目を瞑ってやる」
「俯せになれ」
はい、御主人様。
「まずは鞭をくれてやろう」
「よく撓り、皮を打つと心地よい音を上げる」
「お気に入りの鞭だぞ」
「だから俺は鞭の音色を愉しみたい」
「お前達奴隷の吐き出す叫びなど、聞くに堪えん」
「よって命令する。何があっても口を閉じ続けろ」
「悲鳴も、嗚咽も漏らすなよ」
「命令を破れば、どうなるか。分かっているな?」
はい、御主人様。
「ククク、よぉし、いい子だ」
「鞭の後で、たぁぁっぷりと、可愛がってやるからなぁ」
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「フユ!」
「ああ、酷い。なんてこと」
「背中がこんなに……」
「鞭で打たれたのね」
叫びなと、命令されたんだ。
それを守ったら、御主人様は随分御悦びになって。
何度も、何度も執拗に、鞭を振るわれた。
「もういいから、ゆっくり休んで」
「薬をもらってくるわ」
「今日はじっとしてるのよ」
今夜も呼ばれている。
行かないと。
「そんなのダメよ!」
「このままじゃ、本当に死んでしまうわ」
命令に背いたら、どのみち殺される。
下級魔族の奴隷は、上級魔族の貴族からすれば、ただの消耗品だ。
気に食わないというだけで、簡単に潰されてしまう。
それが僕達の現実だよ。
生きるためには、どんな仕打ちにも耐えて従うよりない。
納得なんて出来ないけどね。
「フユ……」
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「クク、お前はなかなか見所があるな」
「我慢強いし、従順だ」
「俺の命令通り、頑なに声を上げない」
「いぃ~い根性をしてるじゃないか」
「だから面白い。いたぶり甲斐があって」
「ほら、どうした。お褒めの言葉を頂けたんだぞ」
「言うことがあるだろう」
はい、ありがとうございます、御主人様。
「ククク、こっちの具合もいいじゃないか」
「卑しい塵にしては楽しませてくれる」
「お前の母親も、野良犬なりにマシな商売女だったんじゃないか?」
「それともお前が、特別低俗な淫売なのかもなぁ」
「ククク、ハハハハ! どうした、笑えよ」
「笑え! 無価値なカスが!」
「俺に媚を売って、お情けに縋るしかない下級魔族が!」
「首を絞められると嬉しいんだろう! えぇオイ!」
――ッ
「フユから離れろ、この変態!」
アミテ!?
「いぎ!? ギャァァァ!」
「こ、このクソ女ァ! 俺を刺しやがったな!」
アミテ、なんてことを。
「フユを弟の二の舞にはさせない。絶対!」
弟?
「ナメた真似しやがって。こんな傷、すぐに治癒魔法で……」
「な、なんだ? 魔力が反応しない!?」
「まさか、この剣は、魔封じの短剣!」
「テメェ、宝物庫から持ち出したのか!」
「クソ! クソ! 血で滑って、剣が抜けねぇ!」
待て、止めるんだアミテ。
これ以上は。
「クソはアンタよ、変態野郎!」
「ンギャァァァ!?」
「ハァ、ハァ、やって、やった」
これはまずい状況だ。
アミテ、逃げよう!
「に、逃げる?」
そうだよ。
下級魔族の奴隷が、上級魔族の主人に逆らって傷を負わせた。
ここで捕まったら最後だ。僕達に穏当な処置が待っているわけもない。
大方、拷問された末の公開処刑だろう。
騒ぎを聞きつけた誰かが来る前に、逃げるしかない。
行こう!
「う、うん」