8話:記憶「幼年」
「お前など生まなければよかった」
「私はあの男に騙されたんだ」
「『必ず迎えいに来る』『キミを身請けし、娼婦から引き上げてやる』そう言っていたのに」
「信じて子供も産んだ」
「あの男との、約束の証になる筈だった」
「なのに、戻ってこない」
「なんで、なんで、なんでだ!」
「お前は、あの男が残した呪いだ」
「下級魔族のつまらない男の」
「だからお前も、くだらない下級魔族でしかない」
「私を苦しめる忌々しい足枷だ」
「お前がいる所為で、私はもう何処へも行けない」
「お前の所為だ、お前の所為だ、お前の所為だ!」
「お前など生みたくなかったのに!」
ごめんなさい、おかあさん。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
だからもう、ぶたないで。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
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「どうして私が、こんなに苦しまないといけないの」
「私はただ、幸せになりたかっただけなのに」
「こんな病を患って、もう動くこともできない」
「いやだ、いやだ、いやだ」
「こんなところで、こんな惨めに、苦しんで終わりたくない」
「ああ、フユ、お前だけよ」
「お前だけが、私の希望」
「お前はやれば出来る子なのよ」
「嘘吐きで屑のあの男とは違う」
「下級魔族だとしても、そこで終わりはしない」
「だから薬を貰ってきて」
「私のために、いいわね」
「どんなことをしてでも、必ず薬を持ってくるのよ」
ごめんなさい、おかあさん。
いっしょうけんめい、さがしたんだけど。
クスリは、もらえなかったよ。
おかあさんのいうとおり、おみせから、もってこようとしたんだ。
そしたら、おみせのオジサンが、たくさん、たくさん、ぶつんだ。
ドロボー、ドロボーって、おこってぶつんだ。
ウスギタナイカキュウマゾクって、おこるんだ。
どんなにおねがいしても、クスリは、もらえなかった。
ごめんなさい。
「つくづく使えない」
「所詮、お前はあの男の子供だ」
「なんの役にも立たない、くだらない下級魔族」
「お前の所為で、私は不幸になったんだ」
「お前なんて、生まなければよかった」
「お前だけが、不幸になればよかったのに」
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おかあさん、パンをもってきたよ。
こんどは、みつからなかったんだ。
ちょっとかたくなってるけど、きっとおいしいよ。
いっしょに、たべよう。
ねぇ、おかあさん。
おかあさん、どうしたの?
おかあさん、おきて。
ねぇ、おきてよ。
どうしたの?
おかあさん、とっても、つめたいよ。
ねぇ、おかあさん、おきて。
パンをたべようよ。
ぼくのぶんも、あげるから。
おきてよ、おかあさん。
おかあさん。
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「こいつ、また店のパンを盗みに入ったのか」
「何度も何度も、いい加減にしろ!」
「売女のガキめ」
「薄汚い下級魔族の孤児が」
「お前みたいなゴミに食わせるもんなんてねぇんだ!」
「二度と店の周りをうろつくな!」
「今度見つけたら、殴り飛ばすだけじゃすまないぞ」
「その腕を切り落としてやるからな!」
からだじゅうがイタイ。
あるくだけでもクルシイ。
だけど、たべないと、いきていけない。
おかあさんのように、つめたくなってしまう。
そんなのはイヤだ。
イヤだ。
ぼくは、まだおわりたくない。
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「なんだ小僧。貴様が私の屋敷に忍び込んだ盗っ人か」
「なんと汚らしい姿だ」
「臭いも酷い」
「ふん、親なしの浮浪児が大それたことを」
「だが丁度いい。市に出すための奴隷が一匹死んでしまったところでな」
「穴埋めを探していたんだ」
「みすぼらしい下級魔族だが、存外、顔は悪くない」
「貴様のような貧相なガキが好みという、お得意様もいるからなぁ」
「ほれほれ、このハムが欲しいか」
「そぉら、檻の中に放ったぞ。欲しければ入って取るがいい」
「ふはははは!」
ああ、たべものだ。
おいしい、おいしい。
なにも、かんがえられない。
いきるために、たべる。
いまは、それだけだ。
それだけ。
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「俺が今日からお前の飼い主だ」
「お前は俺の奴隷」
「俺のために何でもしろ」
「俺が命じたとおりに動くんだ」
「いいな。分かったら、教えたとおりに返事をしろ」
はい、ゴシュジンサマ。
ぼくは、ゴシュジンサマのドレイです。
ゴシュジンサマのために、なんでもします。
「ククク、よぉし、いい子だ」
「お前が大人しく俺の言う通りにしていれば、悪いことは何もない」
「それどころか俺に気に入られれば、たっぷり可愛がってもらえるぞ」
「だから一生懸命、御機嫌取りをするんだな」
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「あなた、新しく買われてきた奴隷ね。お名前は?」
ぼくは、フユ。
「私はアミルティア。アミテでいいわ」
「私も奴隷なの。買われたのは随分前」
「だからこの御屋敷のことは、それなりによく分かってる」
「色々と教えてあげるわ。よろしくね」
うん。
よろしく、アミテ。
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「フユは字を知らないの?」
うん。
「計算は?」
わからない。
「それじゃ、私が教えてあげる」
「私ね、奴隷商に売られる前は、村の神父様に勉強を教えてもらってたんだ」
シンプサマ?
「闇の魔神テアドに仕える偉い御方よ」
「闇の魔神テアドは光の女神イクシスと夫婦で、この世界イクシテアを揃って御創りなった至高の存在」
「そして私達、魔族に魔力という加護を授けてくださったの」
「ジュール大陸の北半分を魔族に御与えくださったのも、闇の魔神テアドよ」
よくわからない。
「大丈夫、これから少しずつ学んでいけばいいから」