7話:継承へ
「なんにせよ、死魂炉の疑似霊魂へ対応する受け皿はある。だから僕の中に迎え入れ、今ある疑似霊魂と融け合わせ、同一化させてから、徐々に魔力へと再変換するんだ。疑似霊魂同士が一つに定着すれば、魔力へ戻した時の祖語を解消できる」
「上手くいくんかいな?」
「成功させるさ。一時期とはいえ、僕だってソルガイズ様に死霊術を習っていたんだ。事実上師弟関係を解消された後も、独学で修練は続けている。師の術は傍近くで見てきたし、なにより僕自身が体験者だ。用いられている魔力の癖は知っているからね」
魔力を得るための素材がある。機会もある。手段もある。
あとはそれぞれを恙なく進めて、目指す結果へ導くだけだ。
それが最も難しいのだけど、やめる理由はない。
失敗した時のことも考えない。必ず成功させる。その一念のみで挑まねば。
下手な次善策を講じれば覚悟が鈍る。気持ちに隙が生まれてしまう。それでは駄目だ。
僕の全てを投げ打ち、一切を懸けて、後ろは顧みない。背水の陣でいく。
それだけの決意を注いで、事に当たる。
「本気の目やな。お前は大人しそうな顔して、時々とんでもなく眼玉をギラつかせよる。飢えた獣かっちゅうぐらいの兇暴さを覗かせる。それも含めておもろうて、気に入ったんや」
「ラウルは僕の知る限り、何も欲しがらないね。有るものをありのまま受け入れて、過不足を不平しない。状況にごく自然と納得できる。その鷹揚さ、順応力、心の余裕が、僕は羨ましかったよ」
「凸凹コンビの方が、気ぃ合うもんかもしれんなぁ」
いつもの糸目で口角を吊る。見慣れたラウルの表情だ。
太平楽で胡散臭い、そんな友人の醸す空気は、僕から程よく肩の力を抜いてくれる。
失敗は許されない。かといって気負い過ぎても、力を十全に発揮できないか。
「これから死魂炉に対して干渉を行う。ただ一つ一つの作業は緻密な集中を要するから、かなりの時間が掛かることは否定できない。当面なんの反応もできなくなるから、始まったらラウルは戻ってくれていいよ。ここまで付き添ってくれたことに感謝を」
「ま、親友の花道を見届けるんは一つの特権やな。無茶なことしようって時や、無茶すんなっちゅうのもないわ。気が済むまで精一杯やったれや、フユ!」
「ああ、勿論だよ」
握り固めた拳を、ラウルは真っ直ぐ突き出してきた。
僕も同じように指を閉め、拳を以ってこれに返す。
お互いの拳同士がぶつかり合い、軽い衝撃が腕へ伝わる。
「今まであんま気にしてへんかったけど、言われてみればお前の手は冷たいんやな」
「そりゃ死んでるからね。だけど魂は凍ってない。今も激しく燃えているよ」
「ホンマやで」
愉快気に喉を鳴らすラウルに背を向けて、僕は死魂炉を正面に見た。
血塗れたような巨大の肉腫は、異様な存在感を伴って其処に在る。
雄々しい大型魔獣の脈打つ心臓を、鮮度が失われぬうち大量に繋ぎ合わせて整えた胞嚢肉瘤。そこへ特別に錬成した魔導素材を組み合わせ、徹底的な計算と誤差を許さぬ調整で基盤を設える。最後に高等術式の複合展開を多層に重ね、積密型魔法陣で100年間浸し練り上げた秘術の傑作。
殆ど奇跡の域に達した芸術的な死霊術の極点へ、その赤黒い肉幕へ、僕は腕を伸ばした。
全魔力を集中させた指先が触れた瞬間、死魂炉が大きく震える。
そうかと思えば、凄まじい力で引っ張られていく。
足の踏ん張りが利かない。抗おうとしても覚束ないんだ。個人を遥かに上回る吸引力が働き、伸ばした腕からズブズブと肉腫の中へ飲み込まれていた。
到底抜け出せるものじゃない。あっという間に右半身が死魂炉の中へ減り込み、残った左耳が微かにラウルの声を聞く。
答える猶予も与えられず、次の瞬間には、僕の全身は死魂炉の内部へと沈んだ。
仄かに赤い世界。
満たしているのは水。独特の浮遊感がある。
体中に絡みつく粘度を持った、生暖かい羊水のようだ。
僕の体が死んでいるからか、呼吸はまったく苦しくない。
無音だ。
外からの音が完全に遮られている。
とっくの昔に止まっているから心音もない。
大丈夫、落ち着いている。
意識を集中し、魔力を胸の中心へ集めよう。
自分の内側に魂を認識し、その感覚をゆっくりと体の外へも広げる。
そこで初めて、似たような波動を感じた。
溜め込まれている疑似霊魂だ。
それぞれが流れ、向かってくるのが分かる。
拒絶はしない。受け入れていく。僕の中へ。
痛みはない。
不快感もない。
苦しさや辛さも。
集まってくる疑似霊魂からは、戸惑いや嫌悪の意思は感じなかった。
とても広い大らかさで、僕を囲み、巡る。
これは親愛の情なのかもしれない。
緩やかに、疑似霊魂が、彼等の想いが、僕を満たしていく。
意識が微睡み、穏やかな霧中のように霞む。
反応が一つ一つ遠くなって。
頭も、なんだか朧気に、少しずつ。
心地よい眠気が、柔らかく、すべてを、つつんでしまう。
魔力を――