6話:真実
「常識的に考えればその通りだよ。だけど一つだけ例外がある」
「例外て、そんなんあるかいな?」
「魔法だよ。魔力を体外に放出し魔法として構築すると、この過程で魔力が含む性質がフラット化する。魔法に変えられた魔力は固定特性がないまっさらな状態となり、他者でも当人でも拒絶しなくなる」
「せやけど魔法は一度展開したらそれまでや。与えられた役割に向かって突き進み、注がれた分の魔力が尽きるまで動き続ける。そんで消える。後にはなーんも残らん。放たれた魔法を受け止めて、これを解呪して吸収するなんちゅう話は聞いたことない」
「そう、普通は無理だ。魔法とは指向性を持つが故に最大効率を実現し、魔法として事象の体を成している。この前提を崩してしまえば魔力となり、魔力となれば当人以外には扱えない。だからこそ魔法としての効果を持続させた状態で干渉し、自身へ取り込む必要がある」
「つまり無理無理の無理の介や」
ラウルは大袈裟に溜め息を吐くと、呆れ顔で肩をすくめた。
悪足掻きを目論む僕を諭すような、少々芝居がかった仕草でもある。
けれどこれぐらいで僕は諫められない。
ソルガイズ様の集大成を好きにできる状況で、咎める者はなし。千載一遇のこの好機、絶対に見過ごすことはできないんだ。
「さっき説明しただろ。死魂炉の中に蓄えられている疑似霊魂は、魔力を変換したものだ。魔力を糧にして作られた指向性持つ単一の働き、その造法は魔法に通じる。疑似霊魂ならば身の内に収められる。それを目的としての加工が施されているからね」
「そうは言ぅてもやで、魂の移し替えや。誰でもホイホイものにできるんとはちゃうやろ?」
「うん。疑似霊魂には用途がある。屍骸の中に収めて、アンデットの核となるという、定められた目的が。その制約もまた完成度の高い疑似霊魂を形作っている一要素だ。だから条件を崩さずに利用する必要がある。器となる対象が骸である必要がね」
「お、おい、まさかフユ、自分の命を捨てつもりやないやろな!?」
片目を薄開けたラウルが、僕の両肩を掴んできた。
焦りの色を濃厚に、僕の体をガクガクと前後に揺すってくる。
「自棄おこすなや! 下級魔族でもええやないか。そら肩身は狭いかもしれへんが、死んでしもうたら元も子もあらへんで。生きとりゃいつか、ええこともある。だから早まらんと」
「ありがとう、ラウル。でも心配はいらないよ。既に器は用意できている。キミに介錯を頼んだりしないさ」
「なんや、そうなんか。えらいことビックラこいたで」
「新たに作り出す必要なんてない。器はもう此処にある。キミの目の前に」
「んん? つまりどういう……」
「僕達は20年来の友人だけど、キミはただの一度も疑ったことはないみたいだね。ソルガイズ様の死霊術がいかに凄いか、分かるだろ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょぉ待ちぃ」
「僕はアンデットなんだよ。この体は死んでいる。『極北の死館』に招かれた時からずっと」
ラウルの糸目が両方開き、唖然と僕を見ている。
彼がここまで驚いた顔をするのは、僕も初めて見た。
固まったまま動かない。頭の中で僕の告白を必死で処理しようとしているのか。
「ソルガイズ様に出会ったとき、僕はもう死にかけだった。新鮮な屍骸の気配を察知したからこそ、ソルガイズ様は僕の傍に来てくれたんだろうね。新しい死霊術を試したいと言っていた。僕も此の世に未練があった。だからソルガイズ様の申し出を受け入れたんだ。僕の魂をベースに、ソルガイズ様の魔力を組み込んで、生前の人格と記憶を転写した疑似霊魂を作る。そして、それを元の器である骸へ封入し、生者の如き死者へと至らせる。ネクロマンシーは成功し、僕は経過観察のためソルガイズ様に拾われた」
「フユ、お前はもう、死んどるっちゅうんか? 出会った時からずっと?」
「ごめん、騙すつもりは……いや、自分がどこまで死者だとバレないのか試したい気持ちはあったんだ。もっとも、あと20年もすれば僕が一切成長しないことにキミも不振を抱いたろうけど」
「いや、もう、なんや、頭パンパンやで。どないせぇっちゅーんじゃ」
ラウルは緑髪を掻き毟り、天井を仰いだ。
そこからまた盛大な溜め息をこぼし、ガックリと項垂れる。
衝撃と混乱の様子が見て取れて、申し訳なくなってくる。
だけどこれからの事もある、伝えておかなければならない。
「気味が悪いかな。死体が生きているように動くのは」
「いや、別にええんやけど。生きとっても死んどっても、ワイの知っとるフユに変わりないわけやしな」
「……ありがとう。正直、そう言ってくれるとは思ってなかった。拒絶されても仕方ないのに」
「あんなぁ、昨日今日の付き合いやないんやし、今更そんなん色眼鏡で見るかいな」
「ラウル、大物だなキミは」
「せやけどホンマ、まったく気付かんかった。ソルガイズのおっちゃんに一本取られたわ」
「アンデットと言っても、僕個人の精神性をそっくりそのまま移植してるからね。躰も自分の物だし、違和感なく同調できてる」
両腕を組んで唸るラウルに、僕の口元は自然とほころぶ。
この身が動く死体、ゾンビの同類だと分かっても、彼の態度は変わらなかった。
理解と許容を経て、目には見えないけど確かな友情を感じられるのは、単純に嬉しい。
同時にラウルの懐の深さへも感嘆する。これだけの度量を持つ魔族だ、北の僻地で埋もれたまま終わる器じゃないだろう。