5話:魔族と魔力
「しっかし、意外にフユは色々教えられとったんやな。おっちゃんの究極発明も打ち明けられとるんなら、やっぱり正式な弟子として考えとったんか?」
「いいや。ソルガイズ様は10年ほど前から僕のことを弟子とは見てないよ。僕が上級魔族に及ばないと分かった時、修業は全て取りやめになったからね。以後は死霊術について、ソルガイズ様や兄弟子たちから教えてもらったことがない」
「んん? どういうこっちゃ。現に今こうやって……」
ラウルは首を捻り、怪訝な顔を僕に向ける。
今の言葉と、この状況の祖語に混乱しているようだ。
「僕が勝手に調べたんだよ。ソルガイズ様や兄弟子が留守の合間を狙って、書斎や研究室に忍び込み、資料や成果のまとめられた文書を盗み見たのさ。何年も何年もコツコツとね」
「なんやて!?」
「ソルガイズ様は僕にもう自身の魔導を伝えてはくれない。諦めて館専用の雑用係になれと命じられた。でも僕は、どうしても諦めきれなかったんだ。持って生まれた才能が、魔力が、それだけが自分の全てを決定するなんて。そんな現実には耐えられない。だから僕なりのやり方で足掻き続けた。師匠たちの研究を窺い、隠れて修練も繰り返している」
「ちゅうことは、コレのことも?」
「ソルガイズ様は秘密にしてたよ。厳重に隠されていた秘奥について、僕が自分で暴き出したんだ」
拾っていただいた恩を仇で返すような真似だけど、僕に後悔はない。
上級魔族と関わりを持ち、少しの時間だけど直接魔導の手解きも受けられた。この幸運を握りしめ、それに満足するだけでは駄目なんだ。更に意味を、価値を、より良い結果を手繰り寄せる必要があったから。ソルガイズ様との出会いを、僕は押し広げて自身への糧にしなければならない。
そうして無理矢理にでも何かをものにしなければ、僕は一生、取るに足らない下級魔族のまま。何も変わらず、何も成せず、俯いて彷徨うだけで終わってしまう。
そんな結末、絶対に嫌だ。自分の道を変えなければいられない。
「本当は地下への入り口に強固な封印魔法が施されていたんだ。掛けた術者、つまりソルガイズ様でなければ外せない結界が。でもソルガイズ様が亡くなって、魔法が機能しなくなったんだね。簡単に入れただろ? こんな状況でなければ、誰も死魂炉には近付けない」
「下級魔族の意地か。いや、たまげたで実際。前からまぁまぁやりおる奴やとは思っとったが、予想以上に執念深いっちゅうか。根性のあるやっちゃな。呆れるん通りこして、尊敬するで」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
「んで、こっからどうするんや。この気色悪いお宝を紹介して終わり! や、あらへんのやろ?」
苦笑気味に口の端を吊るラウルに、僕は一度だけ頷きを返す。
そのまま彼から視線を切り、静かに脈打つ死魂炉へ向き直った。
アンデットマスターが膨大な時間と探求の末に作り上げた死霊術の極致は、主なき今も変わらず鎮座し続けている。
「この中では有事の際に有能な手駒を用意できるよう、多くの疑似霊魂を造成保管してある。ソルガイズ様から切り離された魔力ではあるけど、死魂炉内で特殊な加工調整をされ独立したエネルギーとして確立されているから、大本の存在が倒れていても消滅しない」
「ほぉほぉ。つまり?」
「大量の疑似霊魂が手付かずのまま此処にある。それを魔力へ再変換して取り込めば、下級魔族の僕でも上級魔族並の魔力を手に入れられる」
魔力、魔族が生まれながらに宿している力の名。
魔族にとって魔力とは第二の手足に等しい。誰に教えられるでもなく、魔族は本能的に魔力の操作を理解している。瞬間に思考するだけで無形の力が外部へ働き、使用者の求める反応を行う。何かを引き寄せる、弾き飛ばす、叩き落す、優しく撫でる、絡めとる、締め上げる、実体を持たず形に囚われないからこそ、自由自在に機動する力。
魔力は物体を透過して作用するが、唯一、魔力にだけは干渉できない。魔力同士はぶつかると反発し合うため、魔力を防げるのは魔力だけ。魔族は無意識に全身へ魔力を帯びさせ、常日頃から己を守っている。
そんな魔力に指向性を与え、影響作用を研ぎ澄まし、明確な事象として発現操作するための技術が魔法だ。魔法はただ漠然と魔力を操るのではなく、練り上げ無駄を省き、一つの結果へと昇華して、精度と効果を大きく高める。
魔力を集約して作られた魔法の一撃は、魔族が常態化している魔力の守りを簡単に貫いてしまう。それだけでなく多様に細分化されている魔法は魔力の汎用性を増大させ、魔力操作だけでは出来なかった複雑・難解な作用も可能とする。
魔力は魔族にとって最も重要な要素だ。魔力が大きければ大きいほど、数多くのことが強く行える。逆に魔力が小さければ、できることは少なく弱くなる。
「ちょ、ちょう待ちぃ!」
「なにかな」
「なにかなや、あらへん。魔族間で魔力の受け渡しはできんやろ。体質がどうとかいう問題で、魔力は他人には使えへん筈や」
ラウルの指摘は正しい。
魔族が生来より具える魔力は、個々人で微妙な差異がある。本質的に同じものであるものの、魔族それぞれでささやかながら別個の特色を持つ。身体的特徴が一人一人違うように、魔力にもその者の個性が現出しているようだ。
そのため魔力を有している器と、宿っている魔力が完全に合致しない限り、双方が一つに結びつくことはない。他者の魔力を吸収しても肉体には留まらず、その瞬間から漏出霧散してしまう。底の抜けたコップへ水を注ぐように、素通りして抜けていく。
これが原因で魔族間での魔力譲渡は意味を持たない。師弟は勿論、親兄弟といった血の繋がりを持つ者同士でさえ、魔力は当人以外にけして馴染まない。
だからこそ強大な魔力を宿す上級魔族は、低位の魔族に脅かされることなどなく、絶対的な優位を維持できる。下級魔族も他所から魔力を奪う術がないため、下級魔族としての生き方を覆すことができない。魔力の優劣が全てを決める魔族社会の構造は、こうした魔力の性質に因って成り立っている。