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4話:遺された秘奥

 下へ下へと進み続け、ようやく階段が終わりを迎える。

 次の一歩が平たい床面を踏み、ついに僕達は館の最深部へと到達した。

 照明魔法が暴き出す視界の範囲は幾許か広く、一定の空間が確保されていることも、足音の反響具合で知れる。

 全体的な気温は上階よりも低く、物音はしない。

 僕達は静寂が支配する闇の中に立っている。


「ミョーに重苦しい感じがしよるな」


 警戒しながらラウルは呟く。

 彼の言う通り、この地下空間には圧し掛かるような気配があった。


「拡散」


 既に発動している照明魔法に改めて魔力を送る。

 上乗せされた魔力の影響を受け、頭上に留まる光の玉は一度大きく輝いてから、五つに分かれて五方向へ同時に飛んだ。

 等分の間隔を開けて高い位置の五点に光源が散ったことで、地下全体が明るくなる。それまで闇の底だった世界が晴れ、視覚での認識が可能となった。


「な、なんやコレは!?」


 照明魔法の拡散を経た直後、ラウルから驚愕の叫びが上がる。

 この空間に安置されていた物体が、全容を明らかとしたためだ。事前情報なく見せられれば、誰だって同じ反応をするだろう。

 地下室の中心部、僕達の眼前に屹立しているのは、血塗れた肉腫めく外観の巨大な装置。赤黒い胞嚢の肉瘤が球状を取り、部屋の中心部に据え置かれている。全高は4メートル近くへ及び、天井スレスレにまで迫っていた。

 加えて底面と最頂部からは長々とした肉管が複数伸ばされ、室内の床や壁、天井へ張り付き、これらへと微細な根を広げて半ば以上融合する。無機物ではなく有機物で造成された生物的な見た目の、異様としか表しようのない設置物だ。

 よく見れば僅かだが、心臓の如く鼓動を打っている。ゆっくりと内側へ縮まり、即座に外へと膨らみ、その動きを音もなく繰り返す。


「これがソルガイズ様の遺した秘奥『死魂炉』だ」

「シコンロ? なんや、そら?」


 不気味な見た目の装置から二、三歩後退るラウル。

 僕ではなく肉腫の大塊を見上げ、糸目は片方が薄く開いていた。

 本気で驚いている時の癖だ。流石にこんな物を見せられるとは思っていなかったんだろう。


「これが何か説明する前に、死霊術について話しておかないとね。ネクロマンシーによって使役されるアンデット、ゾンビやスケルトンはどうやって動かしてると思う?」

「まぁ、死体に魔力を入れて操っとるんやろ」

「半分正解。ただ魔力を注いで操作するなら人形遣い、マリオネイターと同じだ。死霊術の場合は魔力を疑似的な魂に変換して、骸へ封入する。こうすることで術者が逐一指示を与えたり、操作しなくても、ある程度は自律して活動する亡者になるのさ」

「つまりネクロマンサーが用立てるアンデットっちゅうのは、体は死んどるけど中には魂があって、一応生きとるゆうことか?」

「その通り。高位のネクロマンサーになるほど疑似霊魂の完成度は高くなり、これを与えられたアンデットも高性能となる。自分で考え、行動し、対話も可能で、殆ど生者と変わらない。それでいて疲れや痛み、恐怖を知らず、主に忠実だ」


 ソルガイズ様の作ったハイ・アンデットは疑似霊魂の精神構造と安定感が神懸っているだけじゃなく、これを収める器、つまり屍骸の方にも最高の加工調整を施すから、生きている魔族と見分けがつかない。

 疑似霊魂を作り出さず、その辺りにいる雑霊を捕まえて骸へ憑依させることで、簡素なアンデットを数だけ揃えるネクロマンサーもいるけど。それらは思考能力がなく本能に引き摺られるままだから、そこまで役立つとは言えない。


「だから死霊術に於いては魔力を疑似霊魂へ変換する作業が最も重要で、そして難しい。細心の注意を要する微妙な作業へ集中し続けなければならないから、とにかく手間と時間が掛かって負担も大きい。かといって妥協してしまえば粗悪な疑似霊魂になってしまう。そこでソルガイズ様は、効率的に高水準の疑似霊魂を整える装置として『死魂炉』を作ったんだ」

「どういうこっちゃ?」

「死魂炉はソルガイズ様が長年に渡り行ってきた研究成果の結晶でね。内部に魔力を送り込めば、組み込まれている反応術式が自動的に優秀な疑似霊魂を造成してくれるのさ。事前に計算された仕様へ副い、術者が干渉しなくとも作業を行い続ける。極めて画期的な魔導装置なんだよ」

「おほぉ、そら凄いやないか! 流石は魔王四天王の一角、アンデットマスターの称号は伊達じゃないっちゅうことやな」

「まったくだね。並みのネクロマンサーは構想しても実現できない。疑似霊魂の作成は繊細で奥深い独立技術だ。それを高次の汎用性にまで最適化して、実際に駆動する機関として落とし込むなんて真似、今まで成し遂げられた者はいないよ。ソルガイズ様も600年掛けて少しずつ積み上げ、実体として昇華させた。まさしく死霊術師としての集大成が死魂炉なんだ」

「600年やて!? あのおっちゃん、噂通りとんでもなく長生きしとったんやな。普通、魔族の寿命ゆうたら250か、いいとこ300年やろ」


 魔族の平均寿命は250~300歳前後。一方、人類は80歳前後。

 人類と比べれば長命な魔族としても、ソルガイズ様は更に長く生きていた。はっきり言って規格外だ。

 僕も詳しくは知らないけど、死霊術の神髄へ至ったことで独自の延命処置を施していたのかもしれない。というか、そうじゃないと驚異的な長寿の理由が説明できない。

 ちなみに僕は65歳。ラウルは71歳。お互い魔族としてはまだまだ若造の部類だ。

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