3話:極北の死館
「そんでフユ、お前はどうするつもりや? ソルガイズのおっちゃんが死んでもーて、この『極北の死館』を守る理由もあらへんやろ」
「アンデットマスター亡き後は、次期マスター候補だった兄弟子のどちらかが、前任者の持ち物を引き継ぐことになるんだけどね」
「そうは言ぅても二人とも戦死しとるで。お前は第三の弟子っちゅうて、実際は下働きみたいなもんやろ」
ラウルは器用に片眉だけ上げて、僕を見てきた。
彼の言いたいことは分かる。確かに僕は小間使いにすぎない。
かつては高弟たちのように、ソルガイズ様から直接魔導の手解きを受けたこともあるけれど。そもそもの魔力量が違いすぎて、教えは殆ど身につかなかった。
ソルガイズ様も僕に見込みがないと断じて、館の雑務を処理する役目に切り替えられた。放逐されないだけ、幸運だったとは思う。
でも僕は、それでも納得していない。
「此処を離れたとしても、僕みたいな下級魔族は何処に行っても居場所なんかないよ。ソルガイズ様に運よく拾っていただけたから、上級魔族の下で働けていたんだ。ただの偶然と、尊い方の温情で得られた仕事さ。僕自身の力で、勝ち取ったものじゃない」
「せやかて誰も戻らん館を維持するんは、それこそ低級魔族にゃあ無理やと思うけどな。あれやったら、親父殿に口利いてどっか探したろやないか。ワイもフユが路頭に迷うんは忍びない」
「そのことなんだけど、一つだけ僕に考えがある」
「考え? いったいなんや、それ?」
「ラウル、付いてきてよ」
僕が先に立って促すと、首を傾げながらラウルも後に続いてくれる。
彼を伴い応接室を出て、僕が目指すのは館の深部だ。
廊下を渡り、大広間を抜け、更に奥へ。普段なら来客は絶対招かない、別館とも言える地続きの閉屋まで。
この『極北の死館』はソルガイズ様が魔王様と共に北大陸統一へ乗り出すより以前、魔導の探求をするために籠っていた場所だと聞いた。アンデットマスターとなり魔王城へ居を構えた後も、ソルガイズ様はこの館へと度々やってきては、独自の研究を続けられていた。
アンデットマスターの称号が示す通り、ソルガイズ様が専門としていたのは死霊術。死者の躯を操り、霊魂を従え、死の先へ踏み込んでこれを支配しようとする外法中の外法。数ある魔導分野の中で、取り分け難解で扱い辛く、失敗すれば大きな災厄を招く危険なものだ。
だからソルガイズ様は人里離れた北の果てに、自分だけの研究区画を設けられた。
亡者を呼び起こし、これを統率して、滅びることのない万軍を使うソルガイズ様がいたからこそ、魔王様たちは圧倒的多数の敵勢貴族軍を打ち負かし、北大陸に覇を唱えることが可能だった。僕はそう考えている。
キャッスルマスターとマジックマスターが、手勢連れぬソルガイズ様を不意打ちで襲ったのも、死霊術で死者の軍勢を作らせない為だったのだろう。
そう、この館にはソルガイズ様が長年に渡り築き上げた研究成果が収められている。余人には扱え得ない、死霊術の秘奥が。
「なんや、どんどん薄気味悪い感じになっていくやないか」
「誰かに見せることは一切考慮されてない部分だからね。術的な意味を持つ工法や装飾が施されてるんだ」
「どおりで。悪趣味っちゅうか、随分とオドロオドロしい感じやで」
ラウルは口の端を引き攣らせながら、時折身震いを起こしている。
館の深部は暗く、陰鬱な気配が漂っているから無理もない。死霊術のために光を遮り、闇の気を強め、幽界との接点を繋ぐべく、髑髏や骨片を持ち込み、墓土や生き血まで壁床に塗り込んでいる。
そんな通路を進み続け、行き止まりに辿り着いた。閂のかけられた一つの扉があり、その周辺は特に冷気が濃い。
「この扉の先に、地下へ続く階段がある。それを下りるよ」
「うへぇ、いよいよもってヤバイ気がしてきよる。ホンマに行くんかいな?」
「重要なことだからね。ラウルは僕の大切な友達だ。だからキミには知っておいてもらいたい」
「……へへ、そないなこと言われたら、ここで帰るわけにはいかんわな。いっちょ目ん玉かっぽじって拝んだろやないか!」
喜色を浮かべて笑い顔を作ると、ラウルは僕の背中を勢いよくバシバシと叩いてくる。
そこそこな痛みを伴う彼の照れ隠しに苦笑しつつ、閂を抜いて、扉を開いた。
ギィギィと重苦しく軋み、しかし呆気ないほど簡単に、扉は地下階への道を僕達へ示す。
「灯りよ」
下級魔族の僕でも、ソルガイズ様の教育の賜物か、初歩的な魔法なら問題なく使えるようになった。
魔韻を含んで魔力を放てば、小さな光の玉が頭上に浮かび、僕達の足元を照らしてくれる。
これで安全に地下へ下りていけるだろう。
引き続き僕が先頭に立ち、暗黒に支配された階段へと踏み込む。
生唾を飲み込んで、ラウルも慎重に続いてきた。
階段自体は緩やかな勾配。進行を妨害するような障害物もない。
足を滑らせないよう、一歩一歩確実に下りていく。
照明魔法の灯り以外なにもない闇の中へ、僕達の足音だけが響いた。