2話:続報『アンデットマスター死す』
「魔王城は内紛の真っ只中?」
「そう思うやろ。ところがドッコイ。事を起こしたんはキャッスルマスターだけやない。マジックマスターもや。両名は共謀して魔王様を潰してもうた。しかもそんまま、マジックマスターは幻妖魔導軍を従えて大陸南下。ソルガイズのおっちゃんを背後から急襲しよった」
「ソルガイズ様を!? それで師匠と兄弟子は?」
四天王の一人が裏切っただけでも大事なのに、まさか四人中二人が通じ合って魔王様に牙を剥いたとは。
でもそれなら秘密裏に物事を運べる。魔王様を討ち、情報を握ったまま、何も知らない後の二人を後ろから襲える。
ソルガイズ様が向かったのは人類勢力圏との交渉だ。友好を前提としているものだから、これ見よがしに大軍を率いるわけにはいかない。だから僕の兄弟子である二人の高弟と、僅かな供回りだけを連れて南大陸の境界へ赴いている。
マジックマスターが直轄の軍勢で襲い掛かれば、どうなるかは……
「完全な不意打ちを食らったが、ソルガイズのおっちゃんは直ちに反転して中央突破を図った。伊達に長生きはしとらんっちゅうこっちゃな。肝の座り方がちゃうわ。せやけど多勢に無勢、流石に完全武装の四天王直轄軍が相手ではどうにもならんかった」
「そうか……そうだろうね。人類勢力圏は、どんな理由であれ魔族を自領には入れないだろうし。退路を断たれれば、降伏するか反撃するしかない」
「せやけどな、ソルガイズのおっちゃんらは敵陣を食い破って、コルゼルの野郎を捉えたんや。四天王同士の一騎打ちに持ち込んで、そんで、二人とも死んだ。二大マスターが相打ちや。兄弟子んらもな」
圧倒的不利な状況から、敵勢の大将まで抜いたのか。流石はソルガイズ様だ。
それだけ四天王メンバーと、次期マスター候補である直属の弟子が強大だということか。
凄まじいな。本当に。
お情けで末席に加えてもらった僕とは違う。
「幻妖魔導軍もまさかマジックマスターが負けるとは思っとらんかったやろな。大いに混乱しよる。が、キャッスルマスターが手早くまとめて自分の支配下に組み込みよった。恐ろしい手際やで。こらひょっとすると、こうなることを読んで、コルゼルの野郎をソルガイズのおっちゃんにぶつけたんかもしれんな」
「キャッスルマスターは魔王城を離れず、内務に携わっているのみだった。他の四天王メンバーみたいな目立った活躍がない。魔王四天王の中では影の薄い印象だったけど、どうやら相当切れる猛獣らしいね」
「ホンマやで。ティダリテスが焚き付けたんやろな、コルゼルの野郎が南下しとる間に、中央貴族の何割かが動いて兵を立てよった。そんで東征に出とるソードマスター軍を攻め、中央と東の挟撃で釘付けにしとるらしい。言ぅて魔王軍最強の二つ名頂く剣鎧魔騎軍や。早々簡単には潰されんやろうが」
ラウルの親父さんは、北大陸を縦横無尽に走り回る一大経済圏の雄『北魔商人連合』へ伝手がある。
そこを介して最新の大陸事情を仕入れられるため、北大陸の更に北の果てにいる僕も、中央部の話を聞けるわけだ。
ラウルがいなければ僕はこんな大事件を知らないまま、きっといつまでもソルガイズ様の帰りを待ち続けていた。
「いかにソードマスターと直轄軍が強くても、補給線を絶たれたうえで長期戦に持ち込まれたら、抵抗し続けるのは難しいよ。ティダリテスがずっと以前から謀反を企んでいたなら、周到な準備があるだろう。今回の東方反乱自体、ソードマスターを魔王城から引き剥がして、遠地で叩き潰すための仕込みである可能性が高い」
「実際、奴さんは堂々と反逆の成功を謳っとるからなぁ。四天王メンバーは二人落ちて、最後の一人は東で抑え込まれて身動きできへん。とっくに根回しも終わっとるんか、中央寄りの大貴族は相次いでティダリテスへの賛同を表明しとる。他の連中も右に倣えすんのは時間の問題やな」
「魔王位の簒奪、しかもティダリテスの一人勝ちはほぼ成功か」
ラウルは自分の顎を一掻きし、面白くなさそうに口をへの字に曲げている。
元々から力も権力も持っていた者が、更にそれらを強めたというゴタゴタ。ましてや僕達と縁故のあるアンデットマスター、ソルガイズ様がこれに関わり亡くなられたとあっては、彼も心持ち穏やかではいられないだろう。
僕は……僕もショックではある。それは確かだ。
ソルガイズ様にはお世話になったし、二人の兄弟子にも情がないわけじゃない。
けれど彼等は僕とは違う。生まれながらに才能へ恵まれた上級魔族。持つべくして持つ者たち。
持って生まれた才覚が、魔力の強さ総量が、何よりも重要視される魔族社会にあって、最底辺を這いずり回ってきた下級魔族の僕とは、生きてきた世界も、見てきた景色も違う。
僕にないモノを持つ者たちの隆盛と衰退は、遠いところの出来事でしかなく、然程には心を震わせない。
「フォッケンマイヤー家はどうするって? ティダリテス派へ参じるの?」
「どうするってもなぁ。王城にも登上させてもらえん下級貴族やし。親父殿は爵位を金で買こうた商人上がり、そもそも相手にされとらんわ。ワイにしたって妾腹の次男坊や。意見もなんも、だーれも聞いてへん。ま、メンドーがのーてええんやけど」
一族のあらましを、ラウルはケラケラと可笑しそうに笑い飛ばしている。
境遇への不満を感じさせない彼の姿勢は、地虫の如き過去へ苛まれ続ける僕には眩しい。
力に焦がれ、求め、欲して止まない僕と、持たないことを受け入れて楽しんで生きる彼。視線の方向は違うけれど、不思議と昔からウマが合った。お互い相手の中へ、自分にないものを見ていたからかもしれない。
僕はラウルの余裕に憧れ、ラウルは僕の渇望に興味を持った。