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1話:急報『魔王死す』

「この魔法も使えんか。やはり駄目だな」


 お待ちください、ソルガイズ様。

 もう一度、もう一度やらせてください。


「フユよ、諦めるがいい。何度やっても無駄だ。どの魔法もオヌシには使えん」


 そんな……次こそは、必ず。

 ですから!


「オヌシが努力を欠かさず、研鑽に励んでおることは知っている。勤勉で直向き。二人の兄弟子以上に、それこそ身命を賭して儂の魔導を得んと挑む姿勢をな。しかし、無駄ぞ」


 ソルガイズ様、何故、そのような。


「我等『魔族』は持って生まれた魔力の強さ、即ち総量が全てを決める。儂の魔導は強き魔力を有す高位の存在、上級魔族にしか扱えぬもの。オヌシの魔力では、到底届くことはできん。故に諦めよ」


 生まれながらの才能が、何よりも重要だというのですか?

 下級魔族として生まれた僕は、一生涯、それ以上にはなれないと、そういうのですか?

 どれだけ努力を重ねても、なにもかもが無意味に終わるのだと!?


「残念ながらな。強大な力こそが魔族の基準。絶対の指針。欲深く我の強い魔族にあって、力への畏怖のみが本能を貫いて従わせる柱なのだ。その理は変えられん」


 いやだ、僕は認めない。認めたくない。

 だったら僕の今までも、弱く生まれた者だから仕方ないということじゃないか。

 これからの先行きにも、何もないと決まってしまうじゃないか。

 そんなことを認めたら、僕は、僕は……


「哀れな弟子よ。得るもののない修練は、もう止めよ。これからは館の雑務を任せる。魔力がなくとも出来る仕事ぞ。オヌシはオヌシに可能な範囲で働けばよい。儂の後継として魔王様へ目通りさせてやることは叶わぬが、この館で仕える限り不自由はすまい。よいな、フユ」


 僕は、持たざる者のままでいたくない。

 欲しい。力が欲しい。

 自分の運命を、自分で御し進める、大きな力が。



―――――――――――――――――――――――――――


「魔王様が死んだ!?」


 旧友ラウル・フォッケンマイヤーの齎した情報は衝撃的だった。

 ジュール大陸の北半分、魔族支配領の統治者『魔王カレイジャス』が急死したという。

 200年前、乱世だった北大陸を一代で平定し、無軌道な魔族達を治めてきた魔王。最大最強の絶対君主と恐れられ、それ以上に敬愛されていた指導者の訃報。

 昨今、体調が思わしくないとは聞いていたけれど、それでも突然にすぎる。直接謁見したことがないから、実感は湧かないし悲しみも薄いけど。真実だとすれば大変なことだ。

 己の野心、そして力に従うのを是とする魔族の在り方を考えれば、大いなる存在の喪失を契機に、北大陸が再び戦禍へ沈むかもしれない。

 200年間保たれてきた平穏を破って、時代が動く。


「その情報、確度の程は?」

「発信地は北大陸中央、魔王城のお膝元、王都イビルシャス。大々的に報じるは魔王四天王の一角『キャッスルマスター』ティダリテス。この手の冗談は、死んでも口にせぇへん手合いやろ」


 オールバックに撫で付けた緑髪を指で掻き、ラウルが口角を吊る。

 北大陸西方辺境独自の訛りを含んだ声には、普段の軽薄さとは違う響きがあった。

 彼にしては真面目なトーンが、事実の確かさを保証しているかのよう。

 特徴的な細い糸目も、今ばかりは真剣に引き締められている。ような気がする。


「とは言ぅても、死因はティダリテス自身の反逆やけどな。自分で主君を討ち取って、隠すでなく世に知らしめるんは、えぇ根性しとる思うで」

「魔王四天王の謀反か。統一戦争の頃から共に歩んできた戦友で忠臣が、ね。魔族的といえば確かにそうだけど」


 僕よりも背の高いラウルは、腕を組んで皮肉げに笑う。

 しかしその表情を見るに、僕と同様困惑を隠せないようだ。

 栄華栄達を希求する魔族の性情から、支配階級間での裏切り謀殺は珍しくない。200年前、北大陸全土が麻の如く乱れていたのも、力ある貴族の多くが内部抗争を繰り返し、その混乱へ乗ぜんとした他勢力が武力介入を引っ切り無しに続けていたからだ。

 それでも魔王様とその最側近である四天王は、他とは違う強固な絆で結ばれていると、そう思っていた。まったくのゼロから兵を集め、数多ある困難を排し、立ち塞がる貴族軍を降して、大陸を治めるまでに昇り詰めた、此の世で最も互いを理解しあう仲間達である筈だから。

 親兄弟以上に結束は固く、綻ぶことのない信頼が通じ合っている。誰もがそう確信していただろう。魔王様本人も。


「魔王四天王の権勢は魔王様に比肩する。北大陸に於いては他に並ぶモンなんかあらへん。せやのにまぁーだ上を求めるんかいな。いやはや、偉い御方の考えることはよー分からんわ」

「魔族の本能かな。それとも僕達が知らないだけで、魔王様と四天王の間には大きな問題があったのかもしれない」

「身内やから辛抱ならんことがあったっちゅうことか。かもしれへんなぁ。魔族の情は水より薄いちゅうしの……ん? なんや不景気なツラしよって。安心せぇ、ワイらの友情は永遠やで。な、フユ!」


 糸目の笑い顔で声を上げ、ラウルは僕の背中を遠慮なくバシバシ叩いてきた。

 今まさに自分の口で、魔族の友情は当てにならないと言っておいて。

 だけど僕も、彼には信を置いている。お調子者で抜け目がなく、陽気さと計算高さを併せ持つ油断できない男。魔族の本性を取り繕わず、それでいて何の衒いもなく友誼友情を語ってみせる。そんなところも嫌いじゃない。

 僕がこの『極北の死館』に住み込んでからの付き合いだから、もうかれこれ30年にはなる。


「それはそうとや。今、北大陸はえらいことになろうとしとるで。此処は北の果てやから、まだ影響もないんやけど。南の方はてんやわんやでえらいこっちゃ」

「だろうね。まず他の四天王メンバーが黙ってないだろうし」


 魔王様を除いて、北大陸最大実力者の魔王四天王。

 宰相として魔王様の治世を助け、魔王城の管理と親衛隊の統括を担う『キャッスルマスター』ティダリテス。

 単騎最強戦力との呼び声高く、清廉にして苛烈な騎士道精神の徒『ソードマスター』オーダン。

 絶大な魔力と知識を有し傲岸不遜で冷酷非道、だからこその求心力『マジックマスター』コルゼル。

 齢1000歳とも噂される北大陸屈指の大賢者、そして僕の師でもある『アンデットマスター』ソルガイズ。

 彼らは実力伯仲、互いの強味も弱味も知り尽くし、与えられている権威も率いる軍団もほぼ同等。誰かが乱を起こせば、これを鎮めんとそれぞれに動く筈。

 ただし今現在、四天王メンバーは全員が魔王城に揃っていない。

 4か月前、北大陸東方で地方貴族が反乱を起こし、その鎮圧に向けてソードマスターが麾下の剣鎧魔騎軍と共に出征している。

 加えて南大陸との境界面であるセントラル大山脈へ、人類との通商交渉をまとめるべく、アンデットマスターことソルガイズ様は出向かれている。

 そのため魔王城に残っているのはキャッスルマスターとマジックマスターのみ。キャッスルマスターが魔王様を討ったということは、そのままマジックマスターとの争いに発展している可能性が高い。

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