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大日本帝国第二特務艦隊に護衛されつつ、一九一四年のうちにフランスはトゥーロン港に上陸した私達ポルトガル領ティモール警備隊遣ヨーロッパ隊は、ここでシャム王国陸軍遣ヨーロッパ軍の方々とも別れる。
その後、私を含め医療の心得のある五十二名はフランドルの前線近くの野戦病院に派遣され、八名はその手伝いとしてフランドルへ。残る九十名はマルセイユに移動して警邏に当たることとなった。
マルセイユ組が警邏を任されたのは。このままでは戦争が長引くか敗北に終わりそうだと考えた国民の多いフランスでは治安が悪化していたことから、警邏として使いやすかった異国の植民地人を用いたのだろう。
野戦病院の方はというと、『有色人種だから、まともに手当ても出来ないだろう』と当初は侮られていたけれど、手早く弾丸を取り出したり傷口を縫合したりする腕前に半日で侮る人はいなくなった。なお、侮られなくなった一番の原因は。
「隊長! この方の右腕は駄目です!」
「止血は……、いいね。押さえて。行くよっ!」
斬、とサーベルを振るい、痛みに苦しんでいる男の右腕を切り落とす。
「次っ!」
「隊長! この方の左足が!」
一刀の元に手足を切り落とす私が凄くて怖いから、らしい。
ジュネーヴ条約なんてない時代だ。衛生兵を狙う程逼迫した状況ではないけれど、それでも負傷兵を運ぶ時は流れ弾が普通に飛んでくるし、あまり戦場に近いと野戦病院にも砲撃が飛んでくる。到着して三日しか経っていないのに、既に一名が戦死し、三名が負傷して後方に運ばれていた。
そんな状況での私の仕事は、どうしようもない負傷兵の手足の切り落としと負傷兵を運ぶ衛生兵の護衛、たまに傷の縫合だ。故郷から持ってきたイギリス製拳銃『ウェブリー・リボルバーMkⅣ』とフランスから支給されるサーベルだけを持って、来る日も来る日も手足を切り落としている。
明らかに駄目な時は運ぶ前に。ぱっと見て分からない時は野戦病院まで運んでから。フランス人イギリス人たまに捕虜になったドイツ人の手足を淡々と切り落とす私は『八つ裂きルシファー』として連合軍同盟軍の両兵士から恐れられている。
一方の野戦病院にいる医療部隊は女性が多く、その献身的な働きもあって『戦場の天使』と連合軍兵士に崇められ、その噂は同盟軍にも広がっているらしい。
「どこで差が付いてしまったのか……」
嘆きつつ、野戦病院まで運ぶ予定の男の、ミンチになっている左足首から先を切り落とした。
「隊長。明日はクリスマスですね」
「そうだね。クリスマスツリーでも作ります?」
「切った手足でクリスマスツリーとか、止めてくれよ?」
「しませんよそんなこと」
フランス人衛生兵の茶化しにげんなりしつつ、食事をかきこむ。すっかり冷めてしまったタマネギとベーコンのスープに丸いバケット(?)が夕食だ。
「隊長!」
食事中にも、私は呼ばれる。麻酔もしていないのに苦痛なく手足を切り落とす私の腕は、弾薬優先の前線では必要とされていた。
「……行ってくる。パンは食べたい人が食べていいよ」
スープだけは飲み込んで病院へ。
「では私がもらいますね」
追加で何人かの手足を切り落とした後、久々に熟睡した翌朝。
「……なんだあれ?」
前線から負傷兵が送られて来ないので、これはおかしいと遥々前線までやって来たら、両軍の塹壕陣地の間でドイツ人とイギリス人にフランス人が手を取り合って歌を歌っている。
『じんぐーべーじんぐーべーじんぐーおーざうぇー』
戦場とは思えない明るい歌に、何だか戦っているのが馬鹿らしくなる。
「お! 『八つ裂きルシファー』じゃねぇか! 今日は切り落とす手足ねぇぞ!」
フランス人兵士が、人の疎らな塹壕から頭を出していた私を見て、そう茶化す。
「はぁー……」
私は観念して塹壕から這い出て、苦笑する。
「好きで手足切り落としてる訳じゃないですよ」
「『八つ裂きルシファー』?」
ほらドイツの兵士がフランス語で話しながら変な表情をする。仕方がないので、そちらに近付きつつ、説明する。
「いや、ね。駄目だったら手足切り落とすでしょう?」
「だな」
「その時ノコギリでギコギコやってたら、時間かかるし痛いでしょう?」
「あれは痛そうだな」
ドイツ人兵士は顔をしかめる。
「だから、このサーベルで、こう、サクッとやっていたら、なんかそんな風に呼ばれるように……」
「それは……、災難だな」
「でも、お陰で俺達は安心して戦えるんだ!」
イギリス人兵士が笑って言う。
「『手足を切り落とすことになっても、痛くないぞ』ってな」
ハハハハと笑いあう。
「ハハハハ! その腕前に興味はあるが、そろそろお互い死体の片付けをしないか?」
「だな」
「おう」
兵士達がドイツ人兵士の言葉に頷いたことで、私は事情を察した。
「つまり、死体の片付けのために休戦した訳なので?」
「おうよ!」
「はぁー……」
怒るに怒れない。戦場に放棄されている死体は凄い臭いを発しているし、そもそも私は彼らとは指揮系統が違う。
でも、言えることがある。
「なら、後方にも伝えてきます。友軍から撃たれるなんて嫌でしょう?」
「頼む!」
「その前に、皆さんこちらを向いてください!」
というドイツ訛りのフランス語のした方を見ると、ドイツとイギリス、フランスの従軍記者がカメラを構えていた。
「一枚撮らせてもらいますよ! はーい笑って笑ってー」
なんとも牧歌的な戦争だなあ。と、私は苦笑しつつフラッシュを浴びた。