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一九一〇年十月五日。ポルトガル本国で革命が起こり、『ポルトガル王国』は『ポルトガル共和国』に変わった。
革命を主導したポルトガル議会から支持を受けていた私の父親のアンジェロ・ベントが引き続きポルトガル領ティモールの総督を勤めることに、同胞達は喜んだ。今更本国から訳の分からない人物に来られるのは嫌なのだ。
翌一九一一年三月末。私ルシア・ベント士官候補生と一期生のハリー・ソアレス士官候補生は、そんな革命騒ぎの終わっていないポルトガルの陸軍士官学校へと留学することになった。
ポルトガル本国の政情不安からポルトガル領ティモールに駐留するポルトガル軍人は警邏以上の役割を果たせそうになかったので、駐留軍指令部の指示もあっての留学だった。
のだけれど。
「何のために来たんだろう……?」
「だよな」
私達二人は勉強なんてさせてもらえず、ポルトガルのあちらこちらで起こる暴動の鎮圧や警備に駆り出されていた。
それはポルトガル人の士官候補生も同じで。始めは怪訝な視線を向けられていたものの、お互いに文句を言い合ってストレスを発散しているうちに仲良くなっていた。
結局得られたものはスペイン語とドイツ語をなんとなく読み書き出来るようになった程度で、船旅も含めて二年間の留学は終わった。
ただ、ヨーロッパの雰囲気がよろしくないことを感じ取れたのは収穫だった、と思いたい。
一九一三年。一応宗主国に留学した、ということもあって、私とソアレスは警備隊初の『士官』少尉となった。幼年学校組も続々と『下士官』になっており。元から駐留軍の一員として働かされていた兵卒も合わせれば警備隊だけで一個大隊(四個中隊)四〇〇名となった。
ただ、困ったことも起きていて。
「医療部隊の人達がどんどん減っていく……」
この地では医者が全く足りていなかったこともあり、総督府の方針として医者を増やそうとしたところ、医者を引き抜けるのが警備隊の医療部隊しかなかった。そのため、医療部隊の面々から希望者を募って予備役に編入した上で各地の病院に配置するようにしたところ。医療部隊の半数が警備隊を離れることになった。
たぶん、医療部隊の八割が女性だったことも離れていった原因なのだろう。軍にいると婚期が遠のくらしいし。
(第一次世界大戦が近いのに……)
アンジェロと私の計画では。第一次世界大戦にポルトガル領ティモールは早期から『義勇兵』を参加させる予定だった。一〇〇〇人程度送ったところで後方警備に回されるだけだろう、という打算もあるけれど、『義勇兵』の中心として医療部隊を送るつもりだったのだ。
この計画は、第一次世界大戦が塹壕戦となり、医者の数が勝敗に影響することを『予言』した私の影響だ。それに、少人数の派遣で連合軍の勝利に貢献し、国際的な発言力を少しでも得るには、この手が堅実だった。
「まあいっか」
故郷に足りない医者が増えるのは良いことだ。医療部隊が離れていくのは気にしないことにしておこう。
「それに、警備隊の面々はノコギリで木を切ったり服のほつれを直したりするのはお手のものだから、十分使えるしね」
何に使えるとは言わないが、塹壕戦の後方支援には得難い貴重な人員となるだろう。
「あと出来ることは……」
軍人になってしまった私に出来ることは少ない。精々、裏で産業の助言をする位だけれど、利用出来る土地が減ってきているので、既存の産業を拡張したり、新たに産業を興すことも困難だ。
(前世で片っ端から熱帯雨林が切り開かれたのも今なら分かるよ……)
そうでもしないと、産業を発展させられなかったのだ。熱帯雨林のある地域、しかも海に近く地下資源の乏しい地域で出来る産業など、プランテーション農業位しかない。だから、熱帯雨林は切り開かれたのだ。
「もうちょっとポルトガルから権限が委譲されれば、海軍とか漁業にも手を付けられそうね」
そのために必要なのは、国際的な発言力だ。それを得るには、金か血が必要。
「ままならないなあ……」
ため息をつく。
まあ、簡単に独立出来たら、それはそれで変なんだけれどね。