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「「さむとーくおぶあっれきさーんだ! あんさんおぶはぁきゅーりーず!」」

 何故か『The British Grenadiers』を歌いながら、山奥の泥だらけの道を歩く。『ティモール学校』初等科を二年で卒業した私は、『ポルトガル植民地警備隊幼年学校』に入学し、毎日ライフルを担いで訓練に励んでいる。

 去年一九〇八年二月一日にポルトガル国王カルロス一世と王太子ルイス・フェリペが共和主義者に暗殺されるなど、ポルトガル本国が荒れている。そのため、ポルトガル領ティモールでは『せめて自衛くらいはしよう』という世論が主流となっており。

 私の父親であるアンジェロ・ベントが統治機関の様々な役職を解放したこともあって、同胞達は『自衛のための自治』のため勉学や労働に励んでいる。

「声が小さい!」

「「はい!」」

 そう言われても、ポルトガル領ティモールがオーストラリア連邦から購入しているリー・エンフィールド銃『SMLE MkⅣ』だけで四キロ近くあり、背嚢だけで五キロ。私が九歳と幼いから背嚢は半分の重さになっているものの、それでも尚重たい。




 いや、私は植民地警備隊、つまり軍隊に入る気はなかったのだ。だけれど、二年前の初等科一年生(仮)の時、父親に来た相談のせいでこうなってしまった。

 相談内容は単純で。


『植民地警備隊の行軍訓練の時ポルトガル国歌を歌わせると士気が下がるから何とかしてくれ』


 といった内容だ。そりゃあ好きでもない宗主国の国歌を歌わせられて気分がいい人がいる訳がない。

 そこで私は、『同盟国の軍歌なら良いのでは?』と、前世の記憶から唯一覚えていたイギリスの軍歌『The British Grenadiers』を推薦したところ、何故かそれが通ってしまい。他の人が推薦したらしいフランスの軍歌『La Chanson de l'oignon』と共に行軍訓練の歌として歌うことになった。

 あとたぶん悪かったのは。

『大砲コストかかりすぎる!』

 という悲鳴に対して。

『なら迫撃砲使えば?』

 と助言したり。

『軍服が高い!』

 と文句があれば。

『もっと簡略化しろよ』

 と苦情を付けたり。

『軍靴履いてると水虫が痒い!』

 と嘆きを聞けば。

『竹酢液が効くらしいよ?』

 と教えつつ竹林を整備したり。


 あれ? これ軍に入ることになったの自業自得では?




「次! 射撃訓練!」

 雨上がりなため泥だらけな射撃訓練場で、伏せの体勢で銃を撃つ。

「っ! ……外れ」

 三〇〇メートル先の人型の的めがけて撃つも、反動を抑えられず外す。胸を狙っておいて頭部にかすらせる腕前、ってどうなのよ?

「っ!」

 おまけに、反動がかかる右肩は痛いわ。ボルトを解放するのも重たいわで射撃訓練は好きじゃない。週に一回やれば右肩に痣が出来るので二週間に一回に減らしてもらっているとはいえ、本当嫌な訓練だ。

「当たらなかった数腕立て伏せ!」

「はい!」

 十発撃って八発外したので、腕立て伏せ八十回。始めは出来なかったけれど、今は慣れた。一五〇回位なら連続で出来る。

「次! 近接格闘!」

 それが終われば、楽しい楽しい近接格闘訓練だ。

「ぐぇっ!」

「ぎっ!」

「ゴホッ!」

 これは私の独壇場で楽しい。聞きかじりの柔道と前世やりこんだ剣道の知識だけなのに、今のところ教官相手含めて無敗。なのでこの時だけは、私が教官役をやる。

「腰落とせ!」

「へぎょっ!」

「拳はもっと握る!」

「ガハッ!」

「呼吸乱れてるぞー」

「はへっ!」

 自分より年上の男達に丁寧に指導した後は、銃と背嚢をもって学校に帰り、軽く座学をして寮へ。


 この寮が少し困っていて。

「早くシャワー空けてちょうだい?」

「わ、分かったからせめて股間隠せ!」

 食堂は当然共用として、シャワー室も共用なのだ。お風呂? 知らない子ですね。

「ぷはー」

 警備隊幼年学校入学当初こそ恥じらいはあったものの、疲労感にそんなことを感じる余裕もなくなり。今では男達の方が恥じらう始末。

 その後、食堂に移動して食事。

「『小教官』なんでそんなに腕っぷし強いんですか?」

「その代わり射撃ダメダメでしょう? 才能が偏ってるんですたぶん」

「いやそれは体が出来てないからでは?」

 同期の二期生達と雑談しつつ、食べられるだけ腹に詰め込む。食堂の食事は『炊事部隊』の人とその候補生が担当するので、時々とんでもなく不味いものが出てくるけれど、今日は美味しかった。

 食事の後は自室で軽く自習をする。私のいる四人部屋は、数少ない女性の候補生で埋まっている。

「ルシア、ここ分からないのだけど……」

「何々?」

 アンナ・ホルタは炊事部隊の候補生。漁師の家系で料理が好きだけれど、その勉強をするにはお金がなく。警備隊幼年学校はタダで通えると聞いて志願したメラネシア系の子だ。

「ルシア本当頭いいよね」

「誉めても何も出ないですよ?」

 イラ・ガーグはサトウキビ畑の労働力として連れて来られたアフリカ系奴隷の子孫で、医療部隊の候補生。『自衛のための自治』を成すために志願したという凄い子だ。手先が器用で、縫合の腕は医療部隊一らしい。

「イラはもっと頭を使おうねー」

「なにおう!」

 イラとよく絡むのは、アマリア・シルバ。八分の一ポルトガル人なハーフカストで、医療部隊の候補生。医療の勉強をしたくて志願してきたそうで、凄く勉強熱心だ。

 二期生の女性は私達四人だけ。まあ、軍隊に女性が入れる場所なんて、今の時代聞いたことがないけれど。

 それでもポルトガル領ティモール警備隊が女性の仕官及び志願を許しているのは、そうでもしないと志願者が集まらないからだ。

 一期生は定員三十名のところ十二人しか集まらず。私達二期生は少し増えて十八人、そのうち一人は途中で辞めた。とまあ散々な状況なのだ。

 兵課が今のところ歩兵課と輜重課しかないからといって、これでは自衛どころか警邏すら無理だと、私の父親は嘆いていたけれど、そのうち集まるようになるだろうから大丈夫と思いたい。

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