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アブラヤシ農園の開園からはや三年。初収穫のアブラヤシの実の量は程々といった感じで、個人的には少なく感じる。
だけれどポルトガル領ティモールの人々からすると驚愕に値したようで、荒れ地や採算の取れにくかったサトウキビ畑を潰してアブラヤシ農園にするのが流行している。
その際熱帯雨林に手を付けていないのは、ポルトガル領ティモールの総督となった私の父親、アンジェロ・ベントの指示によるものだ。
二年前、田鯉農法を周囲の人々に伝えたことが引き金となったのか。ポルトガル領ティモールの農園主や地主といった経営者達は、ポルトガル本国の無茶苦茶な収奪の命令を無視するようになった。収奪に力を入れずとも、住人達と協力する方が儲かることを、アンジェロが示したからだ。
ポルトガル本国の王公貴族は激怒したようだけれど、議会は私達の動きに賛同。曰く。
『自分達で自立しようと努力することの、何がいけないのか!』
その裏には、ポルトガル領ティモールだけではどう頑張っても工業化出来ないことと。ポルトガル領ティモールの住人がある程度経済力を持っていた方がポルトガル本国の物品を売り付けやすい、という事情があった。
議会の説得を受けたポルトガル王カルロス一世は、渋々議会の言うことを聞いた。はずだったのだけれど、私の父親であるアンジェロ・ベントが遠縁だが貴族の家系であることを知り、大興奮。
そのままアンジェロはポルトガル領ティモールの総督にされたのだ。いや貴族の家系って聞いてないよ。
そんなアンジェロは、ポルトガル領ティモールを発展させるべく頑張っており、そのお陰で私も『学校』に通っている。
その切っ掛けは、こんな会話だ。
「ルシア! 私は総督になってしまった!」
「おめでとうございます」
頭を抱えるアンジェロに、私はパチパチと手を叩いて形だけ祝福する。
「総督といっても、何をすればいいんだ!?」
「今までと変わらないのでは?」
私は首をかしげる。
「この地を発展させれば良いのです」
「それは分かっているのだが……」
アンジェロは情けない表情をして言い淀む。
「分かっているのですが?」
「……何故発展させるのか、分からなくなったのだ」
「……それは、この地の破滅を避けるためでしたよね?」
「それは分かっているのだが。何というべきか、こう……。発展させねば破滅を避けられない理由が分からなくなったのだ」
「さては面倒臭くなりましたね?」
尋ねると、アンジェロの視線が泳ぐ。
「はあ……。お父様、国民と植民地人の一番の違いは何か、分かりますか?」
「搾取する側とされる側だな」
「即答でしたね。間違っているとは言いませんが、それだけではありません」
私は勿体付けて間を開け、言う。
「義務の有無です」
「義務……?」
「はい。植民地人には、義務がほとんどありません。精々生産ノルマか納税くらいです。ですが、国民は違います。国の全てを支える義務があります」
「全て……?」
「はい。納税の義務は国家を経営するため。勤労の義務はその納税を行うためであり、また国民の生活と国家の機能を維持するため。義務教育は国家の将来を担うため。そして、従軍の義務は国家と国民を守るため。国民は最低限それらを果たさなければいけません」
この時代は『国あっての国民』という思想が一般的だから、この説明で通じるはず。
「なるほど。それがこの地を発展させることとどう繋がるのだ?」
アンジェロは首をかしげる。
「私達の最終目標は『この地の破滅を避ける』ですが、それまでの通過点として『この地をポルトガルから独立させる』というのがある、と私は認識しています。合っていますか?」
「ああ、その通りだ。…………!?!?」
どうやらアンジェロは、私の言いたいことを理解したようだ。
「そうか! この地の住人が義務に耐えられるようにするには、この地を発展させ、生活にゆとりをもたせる必要があるのか!」
「その通りです」
私はニコリと笑う。
「現在、同胞達は義務に耐えられるだけの経済力がありません。なので、この地を発展させ経済力を身に付かせる必要があるのです」
「なるほどな。確かにその通りだ。食うに困らない程度の稼ぎではいけないな」
「その通りですね」
「なら、何としてもこの地を発展させねばな」
「私も出来る限り協力します」
「頼りにしているよ、『小さな預言者様』」
私は、頼りにされていることを喜ぶべきか、預言者扱いされていることに苦笑すべきか分からず、曖昧な笑みを浮かべつつもはっきりと言った。
「もちろんです」