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一九〇五年九月五日。アメリカのポーツマスで日露間の講和条約が成立。日露戦争において、日本の勝利が確定した。
「しかし、国債はいつになったら返ってくるのだろうか?」
父親、アンジェロ・ベントは悩んでいる。
「少しずつ返ってくることが決まっているから、大丈夫でしょう」
十月になれば、私が購入した国債一〇〇ポンドが返ってくる。なんでも『アジアの同胞の、それも女の子が日本を助けてくれたお返し』だそうで。あからさまなプロパガンダだ。
なお、年利は六パーセント。つまり一〇〇ポンドは一〇六ポンドになって返ってくるのだ。年間二十ポンドも稼げば、ここポルトガル領ティモールではお金持ち分類。そんな環境での不労所得六ポンド。美味し過ぎて太らないか心配だ。
「それに、この件でお父様の名声も高まりましたし」
「そうだな」
アンジェロは顔を綻ばせる。
誰もが『日本の敗北』を予想する中、比較的早い時期に『日本の勝利』を確信していたアンジェロと私の動き。日本の勝利が明らかになった時、ここポルトガル領ティモール中の人々は驚き、そしてアンジェロを頼るようになっていた。
「で、ルシアよ。次稼ぐ方法は『見つかった』か?」
「はい」
この一年と少し。私は故郷のことを必死で学んだ。その結果出た『稼ぐ方法』は。
「魚の養殖をしましょう」
「……それで稼げるのか?」
「稼ぐための下準備ですね」
「というと?」
「この島は食料品が高いので」
「なるほど。とりあえずある程度食料を自給しよう、ということか」
私は頷く。
「はい。その魚の養殖のために、田んぼを広げます」
「んん?」
アンジェロは首をかしげる。
「田んぼで鯉を育てます。雑草と稲狙いの虫が勝手に餌になるので、手間もかかりません」
未来なら農薬とかの影響で困難だが、この時代のこの地ではそんなに農薬が使われていない(現地住民の生活に統治者が興味を持っていない)ので、田鯉農法はかなり有用だ。
「それは良さそうだな。早速次の田植えから、私の田んぼでやろう」
この地で稲は二毛作。あと少しで収穫期であり、その次は田植えの時期だ。
「稲が根付けば、田んぼに鯉を放っても大丈夫なはずです」
「伝えておこう。他に注意点はあるか?」
「この方法は真似されて当然なので、その時は無視しましょう。まずこの地域全体の食料の生産量を上げないといけないので」
「満足に食事も出来ない環境は変えなければいけない、か」
「はい」
「他に稼ぐ方法はないか?」
地下資源でも掘れない限り、そう簡単に稼ぐ方法はない。一応案はあるが。
「海岸の砂浜に、使われていない場所がありましたよね? そこにココヤシ畑を作ります」
「あそこか」
アンジェロもどこのことか分かったらしい。
「しかし、あの広さでは多くて一〇〇〇本しか育たんぞ?」
「それでも、やらないよりマシです」
「そうか。……そうだな。利益は少ないがやろう。他には?」
「……気乗りしない方法がひとつ」
一番簡単に儲かる方法は、嫌なものだった。
「ほう。言ってみろ」
しかし、そう言われては答えない訳にはいかない。
「熱帯雨林を切り開き、アブラヤシのプランテーションを造ります」
アンジェロはキョトンとして言う。
「何だ。良い方法ではないか。どこがいけないんだ?」
「熱帯雨林には、将来的に薬に出来るようになる植物が生えているのです」
前世では、そんな熱帯雨林を皆伐した結果治せなくなった病気が山ほどあった。
「む。それは考えたことがなかった。……ならこうしよう。丁度都合よく、開拓をしくじって放棄された広大な荒れ地があるのだが、そこをアブラヤシプランテーションにする。これならどうだ?」
それもありだろうが、それではいけない理由がある。
「それでは、アブラヤシの苗木にやる肥料がたくさん必要になります。初期投資がかなり増えるので、避けた方がいいです」
この地域のように赤道に近い場所は、雨量がとても多い。そのため肥料を多量に与えないと、全て雨に洗い流されてしまうのだ。
だが、アンジェロは断言した。
「それでも、やらないよりマシだ」
そう言われて、私ははっとした。
「……そうですね。やらないよりマシです。やりましょう。アブラヤシから得られるパーム油は、酸化するのが速いので精製工場が近くに必要です。そこら辺の知識はないので、専門家を雇ってください」
「分かった。なんとかしよう」
そんなに期待してはいなかったが、流石我が父。アンジェロはイギリスから専門家を雇い、荒れ地に植えられたアブラヤシはスクスクと育っていった。