終わり、そして始まり
『バッキンガム条約』にて、ドイツ賠償金の千五百億金マルクのうち、ポルトガルが〇,八パーセント、ティモール自治領が〇,二パーセントを受け取ることとなり。またその後の交渉で、賠償金の代わりに工業製品の物納を可としたことから、ポルトガル本国の工業事情が改善され。ティモール自治領も、やっと工業に手を出せるようになった。
「ティモール自治領の国旗、こうなったんだ」
ティモールに帰還する船は、賠償金代わりの工業機械とドイツ人の技師も乗っている。この工業機械が、ティモールの未来を作ると思うと、嬉しくなると同時に悲しくなり、胸が締め付けられる思いがする。
「……これが結果、よね」
第一次世界大戦中、ティモールが派遣した軍人は延べ二千三百人。生還したのは百二十人。
ティモール遣ヨーロッパ部隊は全滅し、代わりに故郷は自治権の大幅な拡大に成功した。
「これで、良かったんだ」
私は、一室に積み上げられた、同胞の入った沢山の箱を前に、そう言うしかなかった。
残念なことに、ひっじょーに残念なことに、私は戦死出来なかった。生き残ってしまった。「私も死ぬ」と言って彼らを死地に追いやったのに、おめおめと生きて帰ってきてしまった。
私は、死ぬのは怖くなかった。同胞を死なせる訳だから、死ぬのは当然だと思っていた。なのに生きている。それが辛い。
「……情けないなあ」
故郷に帰れば、私はこう指差されるだろう。
「あいつのせいで、同胞は死んだんだ!」
……ああ、そっか。同胞を煽動しておいて、そう糾弾されるのが怖いから、私は死ぬつもりだったんだ。生き残るのが嫌だったから、死ぬように戦えたんだ。
「ハハッ」
なんて醜い女なんだ、私は。自分が嫌になった。
ティモール最大にして唯一の国際港であるディリ港に、船が接岸した。
「……よし」
石を投げられてもいいよう、私は覚悟を決めて甲板に出た。
「……え?」
私は、目の前の光景が信じられなかった。
「嘘」
ディリ港は、同胞達で埋めつくされていて。誰も彼もが笑顔で。
――そして、赤と黒に、白い星の我らの旗が掲げられていた。
「っ!」
涙が溢れそうになる。赤地の左端を占める、黒い三角形。それを囲む黄色に、黒い三角形の真ん中にある白い星。
「旗だ」
そう、それは紛れもない。
「我らの旗だ!」
ヨロヨロと私がタラップに立つと、溢れんばかりの歓声が、爆発したみたいな喜びの声が、私を包み込んだ。
「ああ……」
皆笑顔だ。
「ああっ!」
泣いている人も多いけれど、皆笑顔だ!
うずくまり、泣きたくなるのを必死でこらえ、ぼやける視界に手すりを頼りに、タラップを降りていく。その先には。
「お父様」
父のアンジェロが、今にも泣き出しそうな表情で立っていた。
どちらともなく駆け出し、お互いを抱き締める。苦しくなる位に抱き締めあい、父は言う。
「こんなに傷だらけになって!」
「うん」
「無茶して!」
「うん」
「よく帰ってきてくれた!!」
「う゛ん゛!」
涙が溢れるのを、私は隠さなかった。今だけは、私のために泣きたかった。
どちらからか、抱き締める力を緩め、お互い顔を見合わせる。父の顔は、初めて見るグシャグシャな泣き顔で、きっと私もそうなんだろう。
「おかえり、ルシア」
「ただいま!」
まだ、油断は出来ない。歴史は大きく変わったけれど、この平和は二十年も保てば良い方だ。
だけれど、ティモールはなんとかなるだろう。いや、私がなんとかする。私達がなんとかする。
今まで倒れてきた同胞の血と屍の上に翻る、赤と黒に白い星の旗。この旗のために倒れていった同胞のひとりに、私はなるのだ。
この旗が未来永劫掲げられるよう、私はこれからも戦うのだ。
「いい旗だね」
「だろう?」
父と私は、泣きながら笑いあった。
『我らの旗を掲げよ』 完
という訳で、『我らの旗を掲げよ』完結です。
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