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我らの旗を掲げよ  作者: ネムノキ


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 一九一六年四月二十日。ヴェルダン要塞周辺に集結していたドイツ軍が周囲に散ったのが確認され、『ヴェルダンの戦い』は終結した。

 ……歴史が変わった気がする。

 あれヴェルダンの戦いって一年近くドンパチした激戦じゃなかったっけ? ほんの二カ月程で終わっちゃったんだけど?

「まあ、いいや」

 そんな疑問を、パリの病院の一室で抱く。

 残念なことに、ひっじょーに残念なことに、私は戦死出来なかった。左の耳たぶは飛び。右手の薬指は根元からもげ。胴体に三発、右ももに二発の銃弾(胴の一発と右ももの二発は体内に弾丸が残った)。左肩をスコップでざっくりやられるという重傷も重傷を負ったのだけれど、私は生き残ってしまった。


『ヴェルダンの英雄を死なせるな!』


 そう張り切った医療部隊の奮闘のお陰で、私は生き残ってしまった。

 私に使う物資があれば、もっと多くの兵士を助けられただろうに。文句を付けようにも、後方に搬送され治療を受けていた時、私の意識はなかったので、仕方ない。


 さて、パリ近郊東側に位置する、この臨時病院では『アジア兵団』の重傷患者が入院している。その中に、ポルトガル領ティモールの患者は二百人程しかおらず、皆かなりの重傷だ。

 二千人()いた我がポルトガル領ティモールの軍勢は、彼らを除くと医療部隊二百人とその護衛をやっている百人だけになった。軍学的な意味ではない、文字通りの『全滅』だ。

 二万人いたシャム軍も一万五千人になり。

 三万人いた大日本帝国陸軍も、今では二万二千人。

 日本陸軍は二万人の援軍が予定されているけれど、アジア兵団は一時的に使えない状態になってしまった。


 だけれど、それだけの価値はあった。

 イギリスとフランスが、ポルトガル領ティモールを自治領にするよう、ポルトガルに訴えかけ始めた。ポルトガルがそれを受け入れるかは分からないけれど、ポルトガル軍が動員を始めているので、焦りはしているのだろう。

 シャムは、イギリスとフランスに押さえられていた鉱山利権の一部を回復した。

 大日本帝国は、青島にドイツが持っていた利権を認められた。

 アジア兵団は、その役割を果たしたのだ。


「一歩前進、かな?」

 痛む傷口に顔をしかめつつも、私の内心は晴れ晴れとしていた。


 私は、この時気を抜いたことを、死ぬほど後悔することになる。




   ***




「アジア人に出来たなら、ドイツ人にも出来る!」

 一九一六年五月二十一日。ドイツは『カイザーシュラハト』を始動。西部戦線で一大攻勢に出た。

 『ヴェルダン攻防戦』で連合軍の目を欺き、また敵の手によって浸透戦術の優位性が明らかになると同時に、欠点を洗い出せたことから、ドイツの進撃は過去にない程速いものだった。

 十日で八十キロメートル、前線を押し上げたドイツ軍は、六月一日に秘匿兵器『パリ砲』で、パリに対する砲撃を開始。野戦築城と一般市民の避難の済んでいないパリではパニックが発生し。避難が更に遅れることとなる。

 そのため、アジア人の負傷兵の避難は後回しとなり。ルシア・ベント少佐らの避難はかなり遅れることとなった。




   ***




 東から砲撃音が聞こえる。

 二十日は続くその音に、今朝は銃声も混じっていた。今はたまに流れ弾が壁に当たる音がする。だというのに、ここパリ東二号臨時病院の負傷兵達は、撤退することも、武器を配られることもなかった。もう五日も、何の情報も、食料の配給も、なかった。

 けれど。

「バリケードの構築はここまでね」

 私を含めて、歩ける程度まで回復している面々は、病院の回りにバリケードを作ったり、簡単な野戦築城を行っている。

「武器の調達はどう?」

「無人だった警察署から、リボルバーの拳銃四丁と弾薬六十発位ですかね。後はスコップ五本に角材尖らせた槍もどき位です」

 副官的な立ち位置になっている、大日本帝国陸軍の藤本亮平中尉の報告は、この戦いが絶望的なものになることを示していた。

「看護婦さんとか回りの家の人達は無事逃げられたかな?」

「分かりません。パリ市街地も砲弾がかなり飛んできてますので」

「ふむ……」

 悩む。ここで病院に残れば、恐らく大砲に吹き飛ばされるだろう。吹き飛ばされなくとも、物資不足らしいドイツ軍が私達に手を掛けて面倒を見るとは思わない。そして何より、ポルトガル領ティモールの負傷兵の中の女性兵士は、無事では済まないだろう。

 そして、第一次世界大戦はまだまだこれからだ。たった五百人の負傷兵とはいえ、私達の存在は戦況を変えるかもしれない。

 大きく息を吐き、私は指示を出す。

「この病院を放棄。後方まで撤退します」

「ですが、それをするには動ける人がいなさすぎます」

 藤本中尉はそう指摘する。

「うん。私も、長距離歩くと傷開くだろうね。ところで藤本中尉。『捨て(がまり)』って知ってる?」

「アジアの同胞まで知っているんですね。戦国時代の島津氏が得意としていた戦術ですね。まさか……」

 藤本中尉に、私はニヤリと笑って提案する。

「戦意のある人だけ参加することになるけれど。まず、このバリケードに動けない人を配置。この役目が一番重要だから、拳銃はこの担当に全部渡すよ。角材もね。

 次に、戦意のない人を中核として、戦意のある十分動ける人を先頭に、パリ後方の一時避難所まで逃げます。その後方は、動けるけれど避難所まで保たなそうな人達。保たなそうなメンバーは、倒れたらその場に残って敵を足止め。

 ざっとこんな感じかな?」

「……軍規違反と言われそうですが、それしかなさそうですね」

 藤本中尉は頷いた。

「じゃ、私が避難メンバーの後衛を指揮するから、前衛は藤本中尉がお願い。時間もないよ。急ごう!」

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