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ソンム攻勢の準備をしていた私達『アジア兵団』、大日本帝国陸軍三万、シャム王国陸軍二万、ポルトガル領ティモール警備隊二千の計五万二千名だけれど。
一九一六年は二月末に、フランス軍の守るヴェルダン要塞をドイツ軍に落とされたことから、そちらの奪還作戦に回されることとなった。
三月一日。現地に出発する際、私はチャクラポン・プワナット元帥と岡市之助中将に乞われて、短い時間の中演説を行った。
『アジアから来た勇敢な兵士達よ!
我々の、使命を果たす時が来た!
ヨーロッパ人共に、我らの勇敢さを示すのだ。
我らの強さを見せるのだ。
我らの不屈の精神を知らしめるのだ。
我々は、異なる国から集まった。独立していない地域の者もいる。
それでも我々は、アジアの仲間だ!
そして、忘れてはならぬ。
我らの働き即ち、アジア人への評価であることを。
我らの武功が! アジア人を代表するのだ!
そのために諸君。
死んでくれ!
死して、アジア同胞の独立への礎となってくれ!
……私も死ぬ。そのつもりで、戦場に立つ。
だから! 私と共に! どうか死んでくれ!』
一拍置いて、大地が揺れた。それ程の歓声が上がったのだ。
周囲のイギリス人とフランス人は『何をイキっているんだこいつらは』という表情を見せたが。
それでもこの時、私達はひとつとなった。
『戦場に! 我らの旗を掲げよ!
我らここに有りと示せ!
我らの誇りを! 喧伝するのだ!
では諸君、行くぞ!』
***
アジア兵団は、熱狂の最中にいた。
三月五日から始まった、ヴェルダン要塞への砲撃。予定では二日間行われる筈のそれを、アジア兵団担当区画は五日の間は予定通り行い、六日未明に一時間、密度を上げて行った後止め。その直前に、突撃を開始した。
『我らの旗を掲げよ!』
サーベルを掲げるルシア・ベント少佐を先頭に、ポルトガル領ティモール警備隊二千人が突撃する。
まだ、ドイツ軍の陣地には砲火が降り注いでいる。その最中に始まったアジア兵団の突撃は見事ドイツ軍の意表を突き、突入した最前線の陣地の全てを突破。次いで第二陣、第三陣へと『浸透』していく。
「ではお先に」
「我らもすぐ行く」
プワナット元帥と別れ、岡中将は前線近くに移動する。そうしないと、指揮が取れないからだ。
岡中将は警備隊の開けた突破口に、的確に日本陸軍を追従させ。日本陸軍は、混乱から立ち直りつつあるドイツ軍と壮絶な塹壕陣地の取り合いを始める。
ヴェルダン要塞に砲撃の最中、突撃を開始した馬鹿を怒鳴りつけに、ヴェルダン要塞攻略に当たる第二軍司令官である、フランス軍のフィリップ・ペタン将軍が、突撃の準備を終えつつあったプワナット元帥の元にやって来たのは、アジア兵団の突撃開始から三時間後であった。
「この馬鹿が!」
ペタン将軍はプワナット元帥に怒鳴り付けるも、プワナット元帥はどこ吹く風。ペタン将軍は戦況を知らなかったのに対して、プワナット元帥はよく知っていたからだ。
「我らの作戦を邪魔しよって! 所詮愚かなアジア人だな!」
ペタン将軍からすれば、自分達フランス人の計画した『完璧な』作戦がアジア人ごときに邪魔されたのが癪にさわったのだ。
二日間かけて破壊し尽くす筈だったヴェルダン要塞への砲撃は、予定より早く止めざるを得なくなってしまった。また始めから『完璧な』作戦がやり直しになることが、ペタン将軍は不快だったのだ。
しかしプワナット元帥はため息をつき、馬鹿にする口調でペタン将軍に言い放つ。
「そういう文句は状況を理解してから言って欲しいものだ」
「なにを……!?」
ペタン将軍が激昂したところに、シャム人の伝令がやって来る。
「報告! ドゥオモン要塞に、ティモールの旗が立ちました!」
「なっ!?!?」
ペタン将軍は混乱する。アジア人ごときが、フランス人が奪還出来なかった要塞を易々と攻略しつつある事実を、認めたくなかったのだ。
「突撃開始から三時間半か? 流石『八つ裂きルシファー』だな」
プワナット元帥はペタン将軍の方を向き、告げる。
「これから我々シャム陸軍は、彼女の援軍に行かねばならぬのでこれで失礼。ああ、フランス軍も突撃してくださるなら、助かりますよ?」
プワナット元帥はそう言って、前線へと向かう。
「そんな、馬鹿な……」
白人は優れた種族なのだ。フランス人はその中でも優れた種族なのだ。なのに、アジア人の方が戦果を挙げている。その事実に、ペタン将軍は打ちのめされ、一時的に使い物にならなくなる。
「将軍!? 将軍! ……ペタン将軍はお疲れだ! これより、私が指揮をとる!」
副官は反応しなくなったペタン将軍を放置して、全軍でヴェルダン要塞に突撃するよう命じる。
そうでもしなければ、自分達は『アジア人に劣る間抜け』になるからだ。それを認めたいフランス人等、存在しなかった。




