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プロローグ

 一九〇四年二月十日。食後のゆったりした時間。

「日本とロシアが戦争を始めたらしいぞ?」

 その父親の言葉に、前世の記憶が完全に蘇った。

(急がないと)

 得体の知れない焦燥感と共に、私は言う。

「お父様」

 すると父親は新聞を机の上に置いてニコリと笑う。

「ん? どうしたルシア?」

「日本の戦時国債を買うべきです」

「んん? また『予言』か?」

「はい」

 三年前、まだ言葉もつたなく、前世の記憶も不完全な頃にポロリと口からこぼれた『日英同盟』の話が現実のものになってから、メラネシア系民族の母親の娘な私は、ポルトガル人のコーヒーのプランテーション主な父親の『お気に入り』となっている。

「前の『日英同盟』と違い、今回はその理由も言えます」

「ほほう?」

 嬉しそうに、だけれど目の奥に冷たいものを宿した商人の目をした父親に、私は説明する。

「この『日露戦争』。ロシア側は局地戦と考えていますが、日本側は総力戦と考えて動いています」

「総力戦というのは、国が総力を挙げて行う戦争、ということでいいかい?」

「その通りです。つまり、ロシアは油断していて、日本は本気です」

「ハーフカスト(注釈:ポルトガル人とメラネシア人の混血)のルシアに言うのもなんだが。だとしても、所詮日本人は有色人種だよ?」

「お父様、銃弾は人種を選びませんよ?」

 そう言うと、父親は黙り込み、顎で『続けろ』と伝えてくる。

「次に、日本の地理的優位があります。主戦場になる満州は、ロシアからすると辺境ですが、日本からすると近所です。つまり兵站線が日本の方が短く、武器弾薬や糧食の運搬にかかる費用が圧倒的に日本の方が少ないです」

「なるほど。ルシアの言うことは最もだ。だが、日本は貧乏だろう?」

 ここで私は『とっておき』を言う。

「アメリカの銀行家で慈善家のジェイコブ・ヘンリー・シフが日本の国債をまず五〇〇万ポンド引き受けます。その後もシフはアメリカのユダヤ閥の協力を得て日本への支援を続けます」

 具体的な名前が出てきたことに驚いたのか、父親は目を見開く。

「……その、理由は?」

 なんとか発せられた、といった感のある言葉に、私はスラスラと答える。

「ロシアでの反ユダヤ主義運動への報復です」

 すると父親はしばし黙って考え込む。

(早まったか?)

 不安を覚える中、父親は。

「よろしい」

 と宣言する。

「本当にシフとやらが日本の国債を引き受ければ、私も日本の国債を買おう」

「お父様!」

 喜びの声を上げると、「ただし!」と強く言う。

「『私が』国債を買うのは五〇〇ポンドまでだ」

 なら、尋ねることは。

「お父様。私の保有するお金はいくらですか?」

「一〇〇ポンドはあるな」

「それもつぎ込んでください」

 すると父親は苦笑する。

「どこからそんな自信が来るのだか」

「『予言』ですから」

「……なるほど」

 ウムウムと父親は頷き、ワシャワシャと私の頭を撫でた。

「わ、わ」

「その稼ぎを何に使いたいのだか」

「……この地の未来を変えたいんです」

 そう言うと、父親はなんとも言えない表情を浮かべる。

「何が見えた?」

「ポルトガルがティモールに築いたものが、破壊されるのを」

 父親の顔が恐怖に引きつる。ポルトガル育ちな父親だ。私の言葉は恐ろしいものだったのだろう。

「……その、順序は言えるか?」

「もちろん」


 政変を起こしたポルトガルによる、現地の事情を無視した収奪に耐えかねた現地住民の反乱。二度目の世界大戦の際の、オランダ、オーストラリア軍の進駐からの日本軍との戦闘からの占領。日本の敗戦による、再びのオーストラリア軍の進駐。政権の変わったポルトガルによる圧政。

 闘争を経てなんとか独立すれば、オランダから独立したインドネシアに占領され。そこからろくな産業基盤のなかったティモールはインドネシアの食い物にされ、最終的に破壊し尽くされる。

 長い闘争によってやっと完全に独立。産業を復興させようといった矢先に石油と天然ガスが発見され、それにかまけて産業を興さず。油田の枯渇により、経済的に破綻し、内戦が勃発。国家の崩壊。


 それらの出来事を、簡潔に話すと、父親は渋い表情で尋ねた。

「……それらを、回避するには?」

「難しい方法ととても難しい方法、どっちを取りますか?」

「簡単な方法は?」

「ないです。茨の道しか」

「そうか……。なら、とても難しい方法は?」

「産業を興し、経済力を付けた上でポルトガルから独立する」

「……難しい方法は?」

「独立したがる住人を説得して、ポルトガルに留まる」

「なるほど。……どちらも難しいな」

「うん。どっちを取るにしても、お金は必要ですね」

「そうだな」

 父親はそれきり黙り込んだ。

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