第6話 無事?到着。
それから休憩を挟みつつ1日半程走ると、無事にフランシスコ子爵領に入る事が出来た。
追っ手の気配も無く、今は領主であるフランシスコ・ド・ジャンゴ邸に向かい、のどかな農道をゆっくりと進んでいる。
カッポ、カッポと一定間隔で続く蹄の音、うららかな日差しに優しい風。
とても刺客に狙われながらの逃避行とは思えない。
畑で農作業をしている農民と目が合ったので、にっこりと笑って手を振ってみる。
やっぱり初めて来る場所だし、第一印象は大事だよね!
そのおじいさんは高速で目を逸らし、こちらを見ないように作業に戻った。
周りで作業をしている人々も、こちらと目が合わないよう一斉にあらぬ方向を向く。
ちょっと悲しい。
「まあ原因は解るけど・・・」
自分と子胥さんは相変わらず馬に二人乗り、そしてその後ろにはレイエスさんがロープで繋がれ、地上1メートル付近をプカプカと漂っている。
薄汚れた服、疲れ切り、うつぶせの状態でだらんと腕をたらしたまま漂うその姿は幽鬼の様。
そりゃあ関わり合いたくないわな。
そのまま1時間ほど進むと、周りを頑丈そうな塀に囲まれた大きな屋敷が見えてきた。
おそらくあそこが子爵の屋敷だろう。
「レイエスさん、もう少しで着きますから」
「・・・・・ぃ」
よし、一応返事は有る。
レイエスさんの様子を見ればこの旅がいかに過酷だったか分かると言うものだ。
「苦しい旅だった・・・」
「うむ?」
「・・苦しかったのは・・・私だけでしょう・・」
疲れのせいか、レイエスさんの突っ込みにはキレがなかった。
__________________________
屋敷の入り口、立派な門の前には2人の門番が槍を持って立っている。
門番:「止まれ!!」
当然止められるが、そこで子胥さんが馬上から言い放った。
「我々は怪しい者では無い!!!」
門番:「「それは無理がある!」」
「ですよね」
そりゃそうよ、これで「そうなんですか、ではお通り下さい」とか言う様なら、その門番は即座にクビにした方がいい。
自分は馬から降りると、レイエスさんのロープを解き、肩を貸す。
「レイエスさん、着きましたよ」
「うぅ・・コウ殿、すいません」
少しふらついたけれど、レイエスさんは自分の足で歩き、門に向かう。
「私は・・・」
「!、エフリエス卿ではありませんか!!」
レイエスさんが言葉を発する前に、門番の方が気付いたようで、一人が慌てて駆け寄り、もう一人は屋敷の中に走って行く。
「子爵様より事情は聞いております、よくご無事で・・・どうぞ早く中へ」
なるほど、レイエスさんが頼ろうと思う位付き合いがある子爵様は、受け入れ態勢を整えていてくれたみたいだ。いや、そう見せかけて屋敷の中に入った途端兵士に囲まれる・・・とか無いよね?
________________________
結論から言えばそれは杞憂だった、シンプルながら趣味のいい応接間に通されると、レイエスさんはそこにあったソファーの一つに深く腰を下ろし、体の中にあった滓を吐き出すように大きく息をつく。
そんな様子のレイエスさんに、屋敷の奥から出てきた人物が声をかける、オペラ歌手のように恰幅のいい50歳前後の紳士。おそらくこの人がフランシスコ子爵なのだろう。
「レイエス、随分と苦労したようだな」
「!、フランシスコ卿」
「ジャンゴで良い、いつもそう言っているだろう?父上と兄上の事、聞いておる。君の父上と私は兄弟同然だ、私に出来る事なら何でも協力させてもらう」
おお、エフリエス家とフランシスコ家の結びつきは思ったより強固だったみたいだ、とりあえず庇護が受けられるみたいで一安心。
ちなみに自分と子胥さんは『レイエスさんの私兵で、信頼できる人物』という扱いになっている、今もレイエスさんの座るソファーの後ろで、SPみたいに立ってその様子を見ていた。
「レイエスも疲れているだろうから、まずはたっぷり食べてゆっくり休め。すぐに食事の用意をする、それまでの間に風呂に入ってこい、着替えは用意しておく」
確かに今のレイエスさんは全身が泥だらけだ(苦労したんだろう)、旅の汗を流して清潔な服に着替えられるなら、それは何よりも有難い事なのではないだろうか?
「そなたらも良ければ入ると言い、うちの風呂はチョッとした自慢でな?」
と、嫌味の無い笑顔で自分たちにも会話を振ってくれる。
これははっきり言って嬉しい、召喚されてから丸三日近く風呂に入っていない、平気な人も居るだろうけど、毎日風呂に入るのが当たり前な日本人としては辛かった。
「では遠慮なく入らせてもらおう」
子胥さんも嬉しかったようで、表情を緩め笑顔で答える・・・が例のバリトンボイスでである。しかしフランシスコ子爵は一瞬微かに驚きはしたが「・・・なるほど」と小声で呟いた後何事も無かったように平静を取り戻した。
いや何が「・・・なるほど」なのかサッパリわからないんですけど。
流石貴族というべきか。
「笑顔で握手しながらテーブルの下で蹴り合う」みたいな事が出来ないと政治家は務まらないと言うしね。そういえばレイエスさんも子胥さんの声について全く動揺してないよな、貴族の動揺しない心半端ねぇな。
まずはフランシスコ子爵が退出し、それに対し礼をもって見送ってから、使用人の案内で風呂へ向かう。
________________________
いや、何か当然の様に子胥さんが一緒に来てるんだけど、いくら自慢の風呂と言っても個人宅のもの何だから、男湯と女湯が分かれてるという事は無いだろう。
先に案内されたのが自分達なんだから、子胥さんは待機なんじゃないの?
そう言うと、子胥さんは「その風呂は自慢にするほど大きく豪華なのであろう?食事の時間の都合もある、一緒に入れば良いではないか」と何事も無いように言う。
自分は貴族特有の動じない心も持っていなければ、混浴に「ウェーイ」って喜ぶようなパリピでも無い、当然大いに動揺した。
「いやいやいや、子胥さん!!前世はともかく今世では女性なんですから(しかも若くて美女なんですから)もっと慎みとか恥じらいとか持ちましょうよ!!」
それに対しての子胥さんの答え。
「私は一向に構わん!!」
何でそんなに無駄に男らし・・・漢らしいの?中国人ってみんなそうなの?
レイエスさんはすでに何かを悟ったような(あるいは諦めたような)表情で華麗にスルーしている。
あれ?動揺してるの俺だけ?
そうこうしている内に、湯殿に着く。案内の使用人を含め誰も止めようとする人間は居ない。
___と言う訳で、次回、嬉し恥ずかし温泉回です。
そろそろサービスシーンでテコ入れしないと(使命感)