第14話 子爵邸からの手紙
ローニーからレイエスさん宛てに緊急の手紙が届いたのは、朝食を食べて少し経った頃、時間にすると9時半とかその辺りだろうか。
見るからに斥候とでもいうべき男が、馬を飛ばして屋敷に駆け込み「レイエス様にお目にかかりたい」と叫んだのだ。
ローニーの配下だという男が持ってきた密書は、すぐさま開封され、それに目を通したレイエスさんは、すぐに子胥さんとレイを呼んだ。
手紙には
・子爵領に来たのは1両の馬車とその護衛らしき騎士風の男4人。
・馬車の設え、子爵領の出迎えの態度、騎士の装備等から身分は高いと思われる。
・軍や兵など部隊を動かした形跡は無し。
・レイエス邸(この屋敷だと思われる)に向けた使いが今徒歩で子爵邸を出た。
・その使者は子爵家の使用人で怪しい所は無い。
・また何か分かれば連絡する。
と武骨に箇条書きされていた。
「子胥殿、どう思う」
まずレイエスさんが意見を求めたのは子胥さん。まあここ最近の子胥さんとレイの高性能ぶりは「さすが転生主人公」と言うのがピッタリだ。多少、、いや、かなり物騒なのは置いといて。
「恐らくは婚約破棄の噂に関して、王宮からの使者ではないか?、立派な馬車で騎士が護衛に付き、子爵家が丁寧に迎える客などそうはおるまい」
と子胥さん。
「時間こそ夜明け前を選んだようですが隠す気が有るんでしょうか?単に自己顕示欲が強いのか、それともあまり考えていないのか・・子胥殿が相手であれば、その馬車や使者一行自体が囮で、他の策に対する目くらましと思い警戒をせねばならぬ所ですが」
レイの意見はやはり手厳しい。
と言うかこの二人、元の世界で敵同士だった時は、どんだけギスギスしたやり取りをしてたんだろう。
その意見に対して、子胥さんは無言で答えず好戦的に嗤った。しかし明らかに上機嫌だった。
日常会話でっ「嗤った」って単語を使ったのは初めてです、ホントに味方で良かったと思いました。
「ではコウ殿の意見は」
いきなり振られるとは思わず、慌ててしまったけど、、身分の高い人で婚約関係?で、たしか仲睦まじいとか言ってたし・・・
「え~と、噂を聞いた王子が我慢できなくなって真相を確かめに来た・・・とか?」
「いや、流石にそれは無いでしょう、アダムス王国の王子は第一王子のアルカン王子だけです。わずかな共だけで子爵領にやってくるとは考えられません」
というレイエスさんの答え。
暗殺とかが普通にあるこの世界では、王族なんかはホイホイ出歩いちゃダメなんだろう。
なるほど、日本人的感覚が抜けなくて未だにこの世界の常識に慣れないけど、それがこの世界の常識・・てあれ?
子胥さんとレイも地球出身なのに、この世界以上に世紀末な世界観を持ってるような・・・
「ではユキお前の意見も聞こう」
最後にレイエスさんが、部屋の隅に控えているユキに話を振る、ユキは自分付きのメイドなので自分に付いてきていたのだが、まさか意見を聞かれるとは思って居ないだろう・・・と思って居たんだけどさ。
「それよりも徒歩で子爵邸を出たならばはもうすぐこちらに着くでしょう。使いの者が子爵家の者であれば面識があると思います、私がまず対応しますのでレイエス様達は隣室に。不審な点が有ればお逃げください、時間を稼ぎます」
サラッと答えやがった、しかもえらくマトモな意見に思える。
結局ユキの意見を採用、警戒しながら使いを迎えるが、来たのは初めて子爵邸を訪れた時門番をしていた男。自分達も何度か話をした事が有るし、ユキにとっては同僚だった。
しかし、前に子爵邸で働いているのを見た時には、門番の格好と作業服姿だったのだが、今回は何だか身ぎれいな衣装を着ている。
子爵邸からの使いとしてきた門番さん(仮)は、レイエスさんと自分達に「子爵邸に来るように」と言う内容の手紙を言付かっていた。
その他にも手紙には、「会わせたい人物がいる事、その相手の事は着いてから説明する事、失礼の無い身なりで来ること」などが記されていた。
「わざわざ手紙に『失礼の無い格好で』とまで書いてくるあたり、やはり相当身分の高い相手の様だな」
子胥さんが言うとレイもこれに賛同する。
「そのお忍びで訪れた客と、我々を引き合わせたいという事でしょう。何らかの罠とは考えにくいと思います」
結局行ってみないと解らないが、危険は少ないだろうという結論になった。
「しかし参ったな、きちんとした服装とか言われても礼服とか持って無いけど?」
ユキは使用人と言う事でいつものメイド服でいいだろう。
自分の分はレイエスさんから借りれば・・と思ったけど、レイエスさんだって着の身着のままでここまで来たんだからそんなに予備の服をたくさん持っているとは思えない。
レイは子爵邸に行けばちゃんとした服も有るかもしれないが、問題は子胥さんか
「ヒラヒラした服は落ち着かん」と言って、普段は男物のラフなシャツとかで過ごすことが多い。
同じ男性?としては元男性の子胥さんの気持ちもわかる気がするけど、自分の事を「美しい」とか、「私の美貌」とか言う位馴染んでいるくせに、そういう所での感覚は男性的なままとか子胥さんの感覚もイマイチ掴めない。
結局、子爵邸に出向くのを「明日の午前中」と言う事で返事をして、今日中にその辺の買い物をする事になった。必要経費なので費用はレイエスさんが持ってくれる。
レイの服は子爵邸に予備が有るそうなので、レイは一足先に子爵邸へ、街へはレイエスさん、子胥さん、自分、ユキの4人で向かう。
「悩んでばかりいても仕方が無いし、この所ずっと忙しかったので気晴らしも兼ねて出かけましょうか」
開き直ったのか、そう言うレイエスさんの顔はからは不安そうな影が消えていた。
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フィリピスの街に到着。
まあこの前の街なんだけど、そんな名前だったのね。
正確には「フランシスコ子爵領フィリピス」、まあこの辺で「街」って言ったらココしかないので、街だけで通じるんだけど。
前に見て歩いた時には服とかはあまり気にしていなかった、現代の様に既製品で様々な服のすべてのサイズが揃っている訳も無く、仕立て屋さんで寸法を測ってもらって仕立てて貰う、いわゆる「オーダーメイド」が一般的とか、これもうどっちが贅沢なのか解んねえな。
今回はそんな事をしている時間も無いので、古着屋で良さげなものを探すという事となった。
自分は体型も一般的なサイズなので、ちょっとシュッとした感じのシャツとズボンとベストを選んで終わりなのだが、子胥さんをどうするかなんだよなぁ。
ドレスみたいな服は嫌らしいので、軍人が平時に着るような服のサイズを直してもらうのはどうだろうという事になり、出来上がった服を着てみたところ、元々背が高くスタイルが良いので実によく似合っていた。
「良いではないか!見た目も悪くないが、何よりキツくも無く動きやすいし袖なども邪魔にならんのが気に入った」
子胥さん本人も気に入った様だし、レイエスさんも褒めている。
イメージ的には宝塚系の男装の美女って感じ。
この上から鎧を着れば、長い銀髪のポニーテールと合わせて女騎士一丁上がり、強気な性格と言い、まごう事無き「くっころさん」である。
よほど気に入ったらしく、子胥さんは同様の軍服もどきと、そのサイズ直しを数着分追加で頼んでいた。
余談だがキリっとした姿の子胥さんによる「どうだ、似合うだろう?」の直撃を受けたユキは、店の隅で鼻血を出しながらラマーズ法で呼吸を整えていた。
・・・・何を産み落とす気だ。