ぼっち飯は味覚が1.5倍になる(俺調べ)
「はぁ、はぁ。」
朝から走った上に、体育が終わったばかりだと言うのに再び走らされたせいで体力がないの赤ゲージに達していた。
何も考えず走っていたせいで、いつの間にやら校舎の裏側に来てしまったらしい。こんなところに人などいるわけもなく、なんなら赤木凛も初めて来る場所だった。
「ハァハァ。マジでなんなんだよ、あいつら。」
思わず愚痴に近い独り言が出る。
もちろん愚痴の相手は、自称嫁を名乗る「水野綾」、自称彼女を名乗る「金森柚子」、自称許嫁を名乗る「月乃瀬楓」の3人だ。
昨日まで何事もない平凡な日常を謳歌していた凛にとって急に現れた電波ちゃん3人の対応は、美少女とはいえ苦行でしかない。
「本当に勘弁してくれ…」
近くに設置してあった校舎につながる3段ほどの階段に座り込む。走ったせいで削れた体力と3人のせいで削れた精神力のせいで自然と体がうなだれる。
(一旦落ち着こう。おっけぇ。とりあえず状況整理だ。でないと理解できないことが多すぎる。)
まずは水野綾。
今朝たまたま家の前で会ったことを除けば接点はない。
だが、彼女は俺のことを知っていた。俺が運動部でレギュラーのスーパーイケメン君ならあり得なくはないが、残念なことに何一つ当てはまっていない。となると、どこで俺の名前を聞いたんだ。
いや、仮に名前を覚えられているだけならまだ分からないでもない。だが、あいつは俺の家とは全く違う方向に住んでいるらしい。ならばなぜ今朝俺の家の前を歩いていた。いや、よく考えれば歩いていたか?そういえば、俺の家の前に立っていたような気もしてきた…
やばい。怖くなってきた……次行こう。
金森柚子。
接点皆無。水野以上にノーヒント。もちろん一年生の頃は違うクラスだったし、不登校であることに関しては2年になって空席がある理由を宮夏に聞いて、そこで初めて知ったほどだ。その時に、不良の頭と付き合ってると言う噂も聞いた。
その割には異様なまでに俺に執着している。もちろん身に覚えもない。
もしかして俺が不良で記憶を失っているとか…まぁないな。
最後に月乃瀬楓。
金森同じく接点皆無。強いて言うなら生徒会長なので、全生徒を把握している可能性が微塵もないとは言い切れない。だが、生徒の親の名前まで把握していることはまずないだろう。
おそらく俺の勘では、3人の中でぶっちぎりでやばい気がする。なんてったってメルヘンとメンヘラの夢のコラボレーションを実現しているのだから。
それなら、炭水化物と炭水化物の夢のコラボレーションの方が10000倍マシである。あつあつホカホカ!
では、3人が共謀して俺を貶めに来てると言う線は?おそらくそれはない。金森が昨日まで不登校だったことがそれを証明している。仮に学外であっていた可能性はどうだろうか。にしては、お互いの事を知っている雰囲気はまるでない。あれが演技ならプロレベルだ。
よって結論。なんの成果も得られませんでした。
無駄な時間を使ってしまった事への疲労感は半端ない。さらに昼ごはんをまだ食べていないせいで腹の虫も泣き止む事を知らない。最悪のコンディションだ。
だからと言って今教室に戻れば彼女らが待っているだろう。飢えた獣の折に飛び込むようなもんだ。まさに愚策である。
「はぁ。」
「だいじょうぶ?」
「うわっ!!…ってスポーツドリンクの。」
急に声をかけられたせいで驚きの声を上げ、顔を上に向ける。そこには今朝スポーツドリンクをくれた女の子がピンクの花柄の袋を持って立っていた。
昼休憩にもかかわらず、今朝と同じく体操服を身につけている。
今朝は走った直後で疲労していたからちゃんと彼女のことを見ていなかったが、クリクリとした大きな目、それに対して小さな口、身長に合った幼さを残した可愛らしい顔立ち。この女の子を知らなかった事に驚きを覚えるほどの美少女だった。
ただ、表情に変化が無いのは相変わらず。今の俺の反応を見ても、全く表情が変わらない。
だが、待て。流石の俺も学んでしまった。美少女にろくな奴はいない。今まで関わりのなかった奴は特にそうだ。ともすればここは先手必勝だ。
「言っておくがな、俺はお前の嫁でもなければ彼女でもない。ましてや、許嫁でもないからな。そこのところ覚えとけよ!!!」
「…………………?」
おもむろに立ち上がり、ビシッと音が聞こえそうなほど彼女を指差して宣言した。にも関わらず、全く響いていないご様子。というかこの反応は…。
「という冗談を言ってみました。はい、すみません。」
(やってしまったぁぁぁーーー!!!)
どうやら彼女は今回の件に関与していないらしい。完全に痛いやつじゃん、これ!!!
恥ずかしいぃぃぃ。穴があったら入ってその上に高層マンション立てて欲しいぃぃぃ。
あまりの恥ずかしさに顔面が真っ赤にして悶え苦しんでいる俺の袖をクイクイッと引っ張る。
「お腹、鳴ってた…」
「えっ、あぁ。」
未だ立ちっぱなしの俺の横に来て、ちょこんと階段に腰をかける。そのまま、何を言うでもなく持っていた袋からおにぎりとパンを一つずつ取り出す。
(あっ、炭水化物と炭水化物の夢のコラボレーションだ!!)
「ん。」
「……くれるのか。」
おにぎりを俺に差し出してくる彼女にそう問うと、無言のまま首をコクンと縦に振る。
またしても施しを受けるのはどうなのだろか、と思うが有り難く頂戴する。あとで、スポーツドリンク代と合わせて返せばいいだろう。
「サンキュ。」
「162円。」
「やけに具体的だな!」
「冗談。」
デジャヴのようなやり取りをした後、彼女の横に並んで座る。
よく考えてみれば、女の子と2人で昼食をとるなんて初めてだ。普通であればあり得ないほど緊張するだろうが、何故か逆にリラックス出来ている。
彼女から感じる雰囲気のせいなのか、あの3人で女の子に謎の耐性がついたのか、まぁなんでもいい。
「お前、何年生なんだ?」
「……ゆり。」
「え?」
「お前、やだ……ゆり。」
どうやら「ゆり」と呼べと言う事らしい。なんとなく女の子を下の名前で呼ぶのに抵抗があるが、本人の希望なので仕方ない。
「ゆりは何年生なんだ?」
「生徒、違う…………先生。」
「えぇぇぇぇっっっっ!!!!????」
「冗談。」
「俺の驚きを返せ!!」
「…1年生」
(まぁそうだろうな。)
この可愛さで同学年や一つ上であれば去年のうちに噂が流れて来ているはずだ。つまり、彼女が1年生であるのは簡単に予想できる。
「ってことはこの間入学したばっかりか。学校は慣れたか?」
「…」
全く反応を示さないゆり。
(あれ?もしかしてこれは地雷を踏んでしまったか?)
よく考えればこのタイプの子は友達作りとか苦手そうだし、入学してはが浅いのであれば余計に友達などいないだろう。
これはやってしまった!!
「ま、まぁ入学して日が浅いんだから友達なんて呼べるやつそう簡単にはできないよな。いやぁ、なんか変な質問してしまってごめ…」
「ゆ〜り〜!!」
テンパっている俺の言葉を遮るように少し離れた場所から女の子の声が聞こえる。
そちらを見ると、女生徒が腰に手を当てて立っていた。明らかに真新しい制服を着ていることから一年生だろう。
「もう、何してんの。パン買いに行くって言うから教室で待ってたのになかなか戻ってこないから迎えにきちゃったじゃん。」
「…忘れてた。」
「もう、しっかりしてよ。休み時間もうすぐで終わっちゃうじゃない。そちらの先輩?もすみません。ゆりが迷惑をかけて。」
その女生徒はぺこりと頭を下げると、ゆりを引っ張って連れて行ってしまった。
1人残され呆然としながら、ゆりに貰ったおにぎりを齧る。時間をゆっくりかけよく噛んだあと、それを飲み込んだ。
「友達…いるのかよ……」
そういえば、お金も返してないな。まあ、そのうちまた会うだろう。
おにぎりを食べ終わるのと、ほぼ同時に昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴る。
金森が待つ教室に戻ると思うとゲッソリしそうになるが、そんなことを思っても仕方ない。
トボトボと重い足取りで教室に戻るのだった。