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メロスはポ〇モンに激怒した

「あの〜、月乃瀬先輩。ここ生徒会室じゃないですよね。」


 生徒会長、月乃瀬楓(つきのせかえで)に連行され着いた場所は、自分の教室とは遠く離れた別の校舎の空き教室。

 空き教室なだけあって、机と椅子がきれいに並べられている以外には特に何もなく、カーテンも閉じたままになっている。


「あんな場所に貴方を連れて行けるわけないでしょう。ではなくて…」


 ようやく手を離した月乃瀬先輩はクルッと体をこちらに回転させる。プンプンといった感じではなく、割と本気で不機嫌なご様子。それでも相変わらず妖艶さを放っているのだから流石の一言に尽きる。


「なんで怒ってらっしゃるのですか。」


 なんとなく口調が丁寧になる。この美貌を目の前に緊張しているのかもしれない。


「怒っている理由はもちろんありますが、まずはどこから話せば良いのか…とりあえず、単刀直入に言わせていただきます。」


 一瞬だけ、間を作ると月乃瀬先輩は強い意志のこもった目でこちらを見つめる。

 その端正な顔立ちと綺麗な瞳で見つめられているせいで、自分の心臓のドキドキ音が聞こえてくる。やばい、こんなの普通の男子だったらすぐ惚れる。つまり、惚れた。


「私は貴方の許嫁です。」


 あ、冷めた。てか覚めた。むしろ醒めた。

 俺の電波女子を呼び寄せる能力は一体なんなんだろうか。もしかしたら特性「磁力」なのかもしれない。これは実用性がないから隠れ特性に期待しないと。

 無意識のうちに嫌悪感が顔に出ていたのだろう。月乃瀬は訝しげな表情を浮かべる。


「なんなんですか、その表情は。」

「いや、だってですね…」

「貴方の言いたいことは何となく分かります。けれど、今から順を追って説明しますので少し我慢してください。」

「はぁ。」


 ため息とも取れるような返事が漏れる。

順を追ってって言われても水野綾(みずのあや)金森柚子(かなもりゆずこ)の例に漏れず、月乃瀬楓とも接点は無いはずなんだが。それとも3人で俺を(もてあそ)んでるのか。にしてはそんな感じは一切しない。

 ここは初めてまともに話をしてくれる月乃瀬の話に耳を傾けてみる方がいいのかも知れない。


「実は………私はこの時代の人間ではありません。」

「あ、もういいです。」

「ちゃんと聞いてください!!!」


 いやぁ、だってなぁ。初対面の相手にいきなりそんな突拍子も無いことを言われても反応に困るし…仲のいい友達だったら顔面に蹴りの一つでも入れて終わりなんだが…


 月乃瀬は、んんっと可愛く咳払いをすると話を続ける。


「私は今より数年先、具体的には2年後からこの時代に戻ってきたみたいです。」

「近未来にもほどがありませんか?相場はもっと…」

「茶々を入れないでください。」


 せっかく月乃瀬ワールドに便乗してあげたにもかかわらずこの扱い。ひどくないですか?

 だが、月乃瀬はそんな思いを抱く俺を気に留まることなく、さらに独自の世界を展開していく。これが固有結界というやつなのだろうか。


「2年後の私はあなたと正式に結婚を見据えたお付き合いしています。出会いのきっかけは私達の両親同士によるものです。私のお父様とあなたのお父様、赤木修太郎(あかきしゅうたろう)様は高校時代のご学友、いえ、ご友人だったそうです。今から数日後にその御二方は偶然にもお仕事の関係で再会し、さらに数日後に私達4人で食事会に行くのです。なので、本来私達の対面はもう少し先のはずなのですが…」


 表情や口調は変わっていないはずなのに何故か徐々にイライラしてきているメルヘン月乃瀬。というより、なんで俺の親父の名前知ってんの、怖い。あと、その妄想も怖い。

 月乃瀬はキッとこちらを睨みつける。折角の美貌が勿体ない。あと怖い。もう何から何まで怖い。


「あなたが複数の女性を侍らすような浮気者だったなんて!!」

「いや、それに関してはただの誤解で……てかなんで弁解してんの俺。」

「言い訳なんて聞きたくありません!!あなたがそんな人だなんて思っていませんでした!!」

「そ、そうか……てかなんで怒られてんの俺。」


 どうやら怒っていた原因は、水野綾と金森柚子の二人が俺の取り合い?をしていたことが原因らしい。それはそれでよく分からんが。

 しばらく沈黙が続く。

 すごい嫌なんだけどこの感じ!!気まずいも気まずい。メンヘラメルヘンポ〇モン、月乃瀬楓 (でんき・フェアリー) の「いかり」攻撃には流石の赤木凛も効果抜群である。


 とはいえ、と月乃瀬が口を開く。


「昔のことなのでこの件は水に流しましょう。よく考えればあなたのような素敵な方が女性に好意を抱かれない方が不思議ですし。」

「なんだこの複雑な気持ち。」

「私への恋心では?」


 満面の笑みを浮かべる月乃瀬。

 それだけは違うなぁ、とは言えない。次に歯向かえば間違いなく擦り傷程度じゃ済まない気がする。

 しかし、このまま茶番に付き合わさ続けるのもさすがに身がもたない。ここは、彼女がどこまで本気で言っていることなのか聞き出さない他ない。


「月乃瀬先輩って俺の事どう思ってるんですか?」

「も、もちろん慕っております。お付き合い自体は両親同士の思いつきに過ぎませんでした。なので当初は仕方なくお付き合いしていたのですが、次第に惚れていったのはまぎれもない事実です。」

「…」


 あー、これはどうしたものか。

 どうやら自らが考えた設定にかなり惚れ込んでるんようだ。俺への想いはその一端でしかない。つまりは、この月乃瀬という女は妄想の果てに、妄想と現実の区別がつかなくなったのだろう。

 なんで恋人役に俺を選んだのかまでは知らないが、おそらく自分とはかけ離れた、非凡な俺に恋をするお嬢様という設定がストライクだったのだろう。いや、ポ〇モンの方ではなく。

 生徒会長と言った抑圧された環境が彼女の精神を蝕んでしまったせいなのかも知れない。ともすれば、俺にできる事は皆無。はい、解散。あとは彼女を保健室に運ぶくらいの後処理はしてやろう。

 とりあえず月乃瀬の手を取る。


「行きますよ、月乃瀬先輩。」

「なんですか!?も、もしかして!?いえ、あの、わ、私たち一年以上お付き合いしていますが、キス以上のことは結婚してからと決めていたのでそういった経験全くなくて…それに初めてが学校というのもなんというかなんというかですし…でも、凛さんも年頃ですからどうしてもというなら私もやぶさかではないというかなんというか…」

「違えよっ!」

「あっ、そのぶっきらぼうな感じ普段の凛さんぽくていいですね。やっぱり凛さんには敬語は似合いません。」


 顔を真っ赤にしておどけて笑う月乃瀬。

 先ほどまでの怒っていた彼女はどうやら普段の彼女とは別なのだろう。おそらく浮気していた俺への嫉妬であんな風になっていただけで、今の彼女こそが普段の彼女な気がする。まぁ浮気でもなんでもないが。

 なんとなく調子がくるい、頭部をかく。


 だが、彼女が「未来から来た」とか「俺の許嫁」とか信じられるわけがない。


「とりあえず出るぞ。」


 謎の罪悪感を抱きながら、月乃瀬の手を引っ張って空き教室のドアを開ける。


「きゃっ」

「あっ」


 そこには2人の女の子がしゃがみこんでいた。もちろん、水野と金森の2人だ。

 ジトッとした目で2人を交互に見つめる。


「こんなところで何してんだ。」

「たまたま通りがかっただけだけど。」

「べ、別に2人の会話を盗み聞きとかしてないよ。」


 水野が金森をキッと睨みつけている。真面目な生徒がヤンキー生徒を睨みつける謎の構図には違和感しか感じない。


「だ、だぁりん!!この女怖い!!」

「なんであんたはいちいち凛に抱きつくの!!」


 俺に抱きついてくる金森とそれを引き剥がす水野。こんな美少女達に取り合われているにもかかわらず浮かない気持ちになるのは、この2人からも月乃瀬と同じモノを感じるからだろう。

 そういえば月乃瀬は今どんな顔をしているのだろう。

 恐る恐る後ろを見ると、体が凍える錯覚に陥ってしまいそうなほど冷え切った顔をした月乃瀬が立っている。


「凛さん。」

「はひぃっ!」

「この2人に言って下さい。」

「えっ?何を?」

「私という将来を約束した許嫁がいるので遊びの関係は終わりにしよう、ということに決まってます。」


「「!!!???」」


 水野と金森は全く同じ反応を示す。


「ど、ど、ど、どういうこと凛!!この不良娘だけじゃなくて他にも女がいたなんて!」

「だぁりん、付き合うのは私が初めてって言ってたくせに!嘘つき!でも好き!!」

「残念ながらあなた達は遊びにすぎません。私と凛さんはこれから半生を共に過ごす中なのですから。」


 月乃瀬はゆっくり体をくっつけてくる。それを見た2人は矛先を俺に変えてさらにヒートアップする。


「私と会う時はこんなことなかったじゃない。どういうこと、凛。」

「だぁりんと初めて会う時は非モテの童貞さんだったはずなんだよ!!」

「…やっぱりおかしいです。初めて凛さんにお会いした時は、こんな方々いませんでした。」


 もうどうしていいのか分からない。

 自然と体の態勢が低くなる。その姿が落ち込んでいるように見えたのだろう、3人は心配そうに声をかけてくるが関係ない。

 お尻をゆっくりとあげる。

 その態勢はまさに陸上短距離選手がスタートラインに立った時のごとく綺麗なフォーム。そしてそのまま全力で足を踏み込み加速する。

 一瞬呆気にとられた3人だが、気がついた時にはもう遅い。


「ちょっと凛。どこいくの!」

「だぁりん待って〜!!」

「凛さん!?逃げるなんて卑怯ですよ!」


 かなり小さいが辛うじて聞こえてくる声を全て無視して俺はどこまでも走る。妹の為でもセリヌンティウスの為でもない、己自身の為に。

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