自称嫁と自称彼女
4限目の体育が終わり、着替えを済ますと宮夏と教室に向かっていく。
(憂鬱だ…)
気にかけてくれているのか、ずっと喋りかけてくれる宮夏。だが、話など耳に入らず、ブルーな気持ちになる。
恐らく教室に入るとまた、金森 柚子にベタベタされるのだろう。想像しただけでため息が溢れる。
せめて正式な彼女であれば何も文句はない、それどころか幸せ以外の何者でもないのだが…
教室に向かう足が重い。自然と歩幅が狭くなり、速度が落ちる。
このまま教室に行かなかったら彼女に会わずに済むのでは、と思ったが淡い期待は一瞬で裏切られた。
「だぁり〜ん!!」
後ろから声がしたと思ったら、誰かが思いっきり背中に抱きついてくる。もちろん誰かなど言うまでもない。
「かな…柚子か。」
「そうだよ〜。だぁりんの大事な柚子だよ。」
背中に当たる2つの柔らかい感触と可愛すぎる反応をする美少女。
(あ、どうしよう。堕ちそう。…いやいや、いかん。警戒を怠ってはいけないと決めたではないか。)
口元に手を当て、んんっと咳払いをする。
「ちょっと言いにくいんだけどさ、」
「どしたの?だぁりん。」
「人前でこういうの恥ずかしいから離れてくれない。」
事実ここは廊下だ。そして、廊下にいる全ての人間から痛い視線を感じる。
特に宮夏から感じる視線がやばい。どうやばいって親の仇を見る目と同じ目をしている。マジヤバい…
てか、こいつ本当に俺のこと心配してくれてんのか…
「ええ〜、いいじゃん別に。あ!じゃあこのままおんぶして教室まで連れてって。そしたら離れる!」
(この子何も理解してないんですが…)
教室まではそう遠くないし、ここで断る方がめんどくさい。ならば仕方あるまい。
「分かったよ。そのかわり教室着いたらスキンシップ禁止。いいな。」
「分かった!」
本当に分かってんのかっとツッコミたい気持ちを抑えおんぶしたまま教室に向かう。
呆然と立ち尽くす宮夏に謎の罪悪感が込み上げてくる。後でなんか奢ってやろう、うまか棒とか。
短い距離だからと余裕をぶっこいていたが思いのほか辛い。周囲の視線とか体力とか背中に伝わる柔ら(ry
とにかく気持ちを無にして一刻も早く教室に向かう。
「やっぱり、だぁりんの背中は落ち着く。」
耳元で金森が小声で囁いた。その言葉には嘘はない、そう感じざるおえないが、
「…やっぱりってこんなことしたことないだろ。何がしたいんだ金森。」
2人にしか聞こえない会話ということと、何となく釈然としない気持ちが口調を強める。
もしかしたらまた怒らせてしまったかと思ったが、予想に反して金森は萎縮する。
「ごめんね、だぁりん。でもね、私達はいつかこういう関係になるの。それが運命なの。仮にだぁりんが知らないとしても。」
まるで誰もいない世界に1人ポツンと置いてかれてしまったかのように、彼女は放つ。
こういう関係?運命?知らない?俺が?何を?
「どういう…
「それは違う。」
どういうことだよ、と聞こうとしたタイミングで別の声に邪魔をされる。
目の前にいるその声の主は黒いロングヘア、艶のある白い肌、全体的に細身なようで出るところは出ている、そんな女の子。水野綾だった。
「み、水野さん!?」
思わず声が裏返る。なんかもう色々わからなくなってきたが、とりあえずこの状況の言い訳を!
「いや、これは彼女がおんぶして欲しいって言ってきただけで…そう!いわば友人同士のスキンシップ的な感じの賜物なわけで…」
「だぁりん」
「ひゃっ」
背中から聞こえた冷たすぎる「だぁりん」に思わず悲鳴が出る。
普通そんな「だぁりん」あります?
「それで2人はどういう関係なの。」
なぜか息切れをしている水野。
どうしてそんなこと彼女が気になっているのかは分からないが何か答えなくては。
「どういう関係って…」
「恋人だよ!」
「そうそう、恋人って違うわ!」
思わずノリツッコミをしてしまった。
目の前の水野の目が冷たい。
そうですよね、今日日ノリツッコミとか寒いですよね。
「なんで否定するの、だぁりん。」
「いや、だって違うし。なんなら今日初めて喋ったじゃん。」
「そのうちそっちから告白してくるくせに!」
「はぁ?何を根拠にそんなこと言ってんだよ。」
「ずいぶんと仲がいいみたいね。」
苛立ちのこもった冷たい目でこちらを見つめる水野。そんな貴方も素敵です!などと言っている場合じゃなさそうだ。
「いや、これは違うんだ。そう!俺らめっちゃマブダチなんだよな、な!」
「はぁ?違うって私はだぁりんの彼女だよ。」
一瞬で場が凍りつく。
いつの間にか周りに群がっていたじゃじゃ馬達も凍りついていた。
なんとなくそんな気はしていたが、本人の口から聞くとやはり破壊力が段違いである。
「今なんて言ったの。」
沈黙を破ったのは水野だった。
「だ〜か〜ら〜。私とだぁりんは将来的に正式にお付き合いするの。」
なんかもう色々ツッコミたい。なにその斬新な未来設計図。そこまで言うんだったらいっそ結婚するとかでいいのでは?と他人事のようなに考えてしまう。
「お前なに言っての?」
「何度言えばいいの。私はだぁりんの彼女なの。今はまだだけどそのうちそうなるの。」
「お前なに言っての?」
「もー!」
NPCスペックに落ちた俺に苛立つ金森。
いやいや、そりゃね、意味わかんなすぎてNPCになるしかないでしょ。なんなら冒険に有益な情報を与えてもいいんだぞ。
「アハハッ!そうだよね、貴方達が恋人なわけないもんね。」
「「??」」
水野の急な高笑いに困惑する俺と金森。
いや、むしろ周囲全体が困惑しているようにすら見える。
恋人なわけない、と言われてご立腹な金森が背中に抱きついたまま水野に食ってかかる。
というか、いつまで背中に張り付いてるんだこの子。
「なに笑ってんのさ。」
「いやいや、ごめんなさい。自称彼女なんて笑えてきちゃって。」
「自称だろうがなんだろうがあんたには関係ないでしょ!」
「関係あるよ。だって…」
そういうと水野は自らの右手を胸のあたりまで持っていき、宣言した。
「私は彼の嫁なんだから!!」
再び場が凍りついた。それも先ほどとは比べ物にならないほどに。
「いてつくはどう」を使える自称彼女と自称嫁。それに比べて俺はNPCってどんなスペック差だよ!っと現実逃避をすることしかできなかった。