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ラブ・コメディは突然に

 今朝のことを思い出すと心が弾む。

 学年一、いや、学校一可愛いかもしれないあの水野 綾とあんな風に会話ができたのだ。一緒に登校しなかったのは勿体無い気もするが、俺にとっては水野と会話ができたというだけで十分すぎる幸せだ。

 心なしか教室に向かう足が軽く感じてしまう。


 そんな俺の心境とは裏腹に、教室に近づけば近づくほど重たい空気感が漂ってくる。

 教室の前まで着くと扉の方から漂う謎の空気。

 思い切って扉を開けると、普段なら誰彼構わず話しかけるトラ…ムードメーカーの宮夏ですら大人しくしている。もちろん彼だけでなくクラス全体がなんとなくそんな雰囲気に包まれていた。


 だが、その理由は明確。

 2年生になってからずっと空席だった俺の後ろの席、つまりは窓側の一番後ろの席が埋まっていたのだ。

 席の主は頬杖をついて不機嫌そうに窓の外を眺めている。


 ―金森 柚子(かなもりゆずこ)

 1年生の夏を境に学校に来なくなった不登校のヤンキー女子。噂では近所で有名な不良グループの頭の彼女とか言われている。

 茶色に染めたショートヘア、校則を無視した制服の着こなしがその噂の真実味を増してる。


(正直関わりたくない。)

 が、彼女の席の前が自分の席なので行かないわけにもいくまい。

 意を決して自分の席へと歩き出す。

 クラスメイトの哀れみの視線を感じてしまう。

 これもまた定めか、宮夏が小さく呟いたのが聞こえた。あとで締めてやる。


 席に近づくと金森がこちらに振り向き目と目が合う。つり目がちな目が恐怖を煽る。

(あ、終わった。)

 「蛇に睨まれたカエル」とはまさにこのことなのだろう。この後俺は食われるのだろうか。もちろん性的な意味ではなくて。むしろそれなら万歳なのだが。


 だが予想に反して蛇はキラッキラした目でこちらを見て満面の笑みを浮かべると、


「だぁり〜ん!!」


 こちらに向かって飛びかかってきた。


「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」」」」」


 金森を除くクラスメイト全員が同時に叫ぶ。

 もちろん、俺も。

 だが、金森はそんな周囲の目など気にせず、体を擦り付けてくる。


「だぁりん久しぶり〜。」


 胸部に実ったたわわな果実がちょうど胸とお腹の間あたりに当たっている。

(や、柔らかい、そして可愛い…ってそんな場合じゃない!!)

 下半身が元気100倍ア〇パ〇マ〇になる前に金森の両肩を掴んで遠ざける。


「ちょ、ちょっと待って!金森…さん。」

「えっ、金森さんって何言ってんのだぁりん?」

「名前違ったっけ?」

「は?そうじゃなくていっつもゆ・ず・こって呼んでくれるじゃん。」


 先ほどまでの猫なで声から急に低いトーンの冷淡な物言いに変わる。

(えっ、ちょっと待って、怖い。)

 まずい、思わずツイッター女子みたいになってしまった。というよりも「いつも」って、金森と会ったのすら初めてなんだが…


「ごめん、ゆ、ゆずこ。」

「分かってくれたなら気にしないよ〜」


 再び抱きついてくる金森に抵抗すら出来ない自分が情けない。

 結局金森から解放されたのは1限目の予鈴のチャイムが鳴り、先生に注意された後だった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 休憩時間は常に金森にベッタリされた状態だったが、4限目の体育の時間は流石の金森も自重したらしい。

 というのは嘘で、だぁりんと離れたくないよ〜、と言いながらクラス委員長に引っ張られていったのだが。


 しばしの休息の時間だ。

 教室で体操服に着替えていると、


「おい、あれはどういうことだよ。」


 案の定、宮夏は食い気味に聞いてくる。周りの男子もそうだそうだと便乗して囃し立てる。

 さよなら休息の時間。


「いや、むしろ俺が聞きたい…」


 当の本人ですら理解不能なのだ。他人に説明を要求されても答えられるわけがない。


「何を言ってるんだよこのリア充は!死ね!爆ぜろ!」

「これもまた定めか。」

「ムキィーーーー!」


 とはいえ冗談を言っている場合ではない。

 本当に見に覚えがないのだから。というより彼女の中で俺ってどんな存在なのだろう。「だぁりん」とか言ってたけど。


「いいよなぁ金森。」

「はぁ?」


 訳のわからないことを言う宮夏にアホっぽい声が出てしまう。

 しかし、周囲は意外にも宮夏に賛同している。


「だって目つきこそ少し悪いけど顔は可愛いし、そして何より巨乳じゃん。それに巨乳じゃん。」

「なんで2回言ったんだよ。」

「お前いつの間にあんな可愛い彼女作ったんだよ。教えろよ。あと、俺にくれよ。」


 やたら顔を近づけてくる宮夏を片手で制す。

 まぁ確かに、金森は可愛い。見た目こそヤンキーぽさはあるがそれを差し置いても、いや、むしろそのヤンキーぽさが逆に可愛くすらある。

 だが、俺と金森は今日が初対面だ。もしかしたら他の誰かと勘違いる可能性も…いや、流石にないか。


「いや、彼女じゃないし…たぶん。てか、あげる訳ないだろ。」

「なんだよラブラブじゃねぇか。」

「そういう意味じゃねぇ。」


「おい、お前ラァ!授業始まってるぞ!!」


 どうやらいつの間にか授業が始まっていたらしく、痺れを切らした体育の先生がわざわざ教室まで呼びに来たようだ。


 しぶしぶ外に出てストレッチを始める。この学校では体育の時間は男女別々に行う。今日は男子はグランドでマラソン、女子は体育館でバレーらしい。

 つまり、まだ休息は続いている。


「でも金森ってどっかの不良と付き合ってるんじゃなかったか。」


 宮夏がストレッチ中に話しかけてくる。

 そうなのだ。噂ではそういうことになっている。噂が嘘なのかそれとも、


美人局(つつもたせ)とかじゃないのか。」


 宮夏は他の人には聞こえないように言ってくる。おそらくこいつなりに心配してくれているのだろう。

 正直その線はある気がしていた。ヤンキーと付き合うような女だ。何をしてきてもおかしくはない。


「それはあるかもしれないな。実際金森と俺の接点が無い以上他の線は考えにくいもんな。」

「だったらどうする気だよ。」

「とりあえず相手の彼氏が因縁つけてこられないレベルで接するしか無い。」

「なんかあればすぐ呼べよ。」

「何お前優しすぎてキモい。」

「人の優しさを無下にするなよ!!」


「うるさいぞ間賀田!!」

「俺だけ!!」


 急に大声を出す宮夏は当たり前のように先生に怒られる。それを見て笑っては見るものの、心のどこかで(わだかま)りが残る。


 思い返すと今日は朝からおかしい。

 水野 綾に話しかけられた衝撃がデカくて忘れていたが、妹もよくよく考えれば様子が変だった。それにスポーツドリンクをくれたあの女の子もそうだ。普通ならいくら息を切らしてるからと言って見知らぬ他人にドリンクを渡すものなのか。

 そして特に金森 柚子。他の子たちは全くありえないレベルではないが、彼女のはどう考えてもそのレベルを逸脱している。

 とりあえず彼女には細心の注意を払って接する必要があるな。いざとなったら…


「宮夏を売るしかない。」

「ひどいなお前!!」


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