メインヒロイン発見! のようです
『異世界』の移動は馬車か特殊な乗り物なのかとワクワクしていたが、実際に案内されたのは、玄関ホールの隣にある神殿だった。
「神殿の魔法陣を使って移動する…っていうのも忘れているのか。先に行くね」
そう言うとエドガーは神殿前方に描かれた光る魔法陣の上に立った。足元の光が彼の金色の髪を美しく染め上げる。
「王宮でよろしいでしょうか?」
その質問に無言で頷くエドガーの姿を確認すると、隣に控えていた神官は何やら呪文を唱え上げ静かに持っていた杖を振り下ろした。次の瞬間彼の姿が魔法陣の上から消えていた。
「転移魔法でございます」
あっけにとられている私に毎度のことながら冷静に説明を始めてくれるヘレナ。
「一定規模の都市や村には必ず神殿が建設されています。神殿は神を祀るだけでなく、このような魔法陣が刻まれている場所がございます。魔法陣の上に移動させたいものを載せ、神官様が呪文を唱えてくださることで、魔法陣が発動し希望する場所に自由に行き来しているのです」
「凄いわね…」とただ感心するばかりだ。服装や設備は中世ヨーロッパを彷彿するこの世界だが、こと魔力を使用することに関しては非常に発展を遂げている。
「ただし人、人一人移動させるわけですから、相当量の魔力を消費します。そのため魔力を供給できる神殿にしか魔法陣を作ったり、使用したりすることができないのが最大の問題ともいわれております」
「しかも神官さんがいないと移動できないから、一般庶民に普及している移動手段…というわけではなさそうね」
私がそう小さく囁いていると、ようやく私が移転される順番となった。
まばゆい光が消えると同時に目の前に広がった空間に思わず「わぁ~」と小さな歓声をあげてしまった。私が生活する離宮もかなり華やかな建築物だが、この建物はさらにお金と費用がかかっているのが素人目にもハッキリと分かった。
等間隔に並ぶ柱には金細工が施してあり、その間を埋めるようにして肖像画やタペストリーが所せましと飾ってあった。『もしかしてリリィさんのお母さんの肖像画があるかも』と散策しようと歩き始めた矢先にパッと手を握られた。
エドガーだった。
「待って。ここって本当に入り組んでいるから、ちょっと気を抜くと記憶喪失じゃなくても直ぐ道に迷っちゃうんだ」
優しく笑うエドガーの腕に軽く自分の手を回すと、その私の手の上にエドガーがソッと手を重ねる。平凡な女子大生の私には、この煌びやかな空間も王子様によるエスコートも何もかにもが夢のようだった。
「あら、リリィお姉様じゃございませんこと?」
現実に引き戻すかのような鋭い声に呼び止められ、振り返るとそこには赤髪とピンク髪の小柄な少女が二人立っていた。
「第五夫人の娘で君の妹のアデルとその従妹のシャルルだ」
エドガーにこっそり囁かれ、初めて知る二人に優雅な笑顔を見せた。どちらが妹なのか皆目見当もつかなかったが…。
「お久しぶりですお姉様。こちら私の従姉妹のシャルル・ベイリーです。ご存知かと思いますが」
赤髪の少女がそう紹介したことで初めて彼女が妹であることに気づかされたが、その言葉にトゲがあるのは痛い程伝わってきた。
「ごきげんよう」
とりあえず差しさわりのない挨拶をしたにも関わらず、シャルルは今にも泣きだしそうな顔をしている。
「あの…あの…アーロン様は元気にしておりますでしょうか」
ようやく声を絞り出した彼女の目には大粒の涙がたまるのが分かった。『アーロン様』と言われて、数秒間考えるも少しして黒髪イケメンの名前だったことをなんとか思い出す。
「元気にしておりますわよ?」
私がそう言う言った瞬間、少女はワッと関を切ったように泣き出してしまった。それを抱えながらアデルは私をキッとにらんだ。
「お姉様、あんまりでございます。そんなに興味がないならば離宮などにお呼びにならなければいいのに!」
そう言い放つと私の弁明も聞かずに二人は私とエドガーの横を足早にすり抜けていった。このやり取りを見ていたであろうエドガーは小さく「う~~~ん」と唸った。いや、唸りたいし泣きたいのは私の方だ。聞かれたのでアーロンの近況を報告しただけなのに、なぜ泣かれなければならない。
「本当に記憶…ないんだね」
呆れたように私を見下ろすエドガーを私は思わずキッと睨んだ。
「どういうこと?」
「シャルルはアーロンの元婚約者なんだ」
その説明に私はようやく、この不可思議な事態に納得がいった。エドガーによるとベイリー家は『男爵』と決して身分は高くなかったが、希少な鉱石が出る領地を持っていたことから莫大な資産を持つ貴族らしい。
そのベイリー家の一人娘であるシャルルは、近衛兵として活躍していたアーロンに一目ぼれし、親に無理をいってようやく婚約にこぎつけたという。しかし不運なことに同時期にリリィさんの目にも止まり、離宮の一員として召し上げられてしまったのだとか。当然、シャルルとアーロンの婚約は破棄となり、今に至るのだそう。
「それは泣きたくもなるし、恨み言の一つや二つも言いたくなるわね」
私が知らないリリィさんがしでかしたこととはいえ、大きなため息が出てしまった。しかしそれと同時に、あの子がもしかしたら『ヒロイン』なのではという可能性が浮上した。
・地方男爵令嬢
・ピンクの髪
・可愛い
ヒロインはもしかしたらアーロンルートを選んでいたのかもしれない。ゲームでは年上のアーロンを攻略する方法は意外に簡単だ。智子が「一番簡単なのはアーロンだよ!」とアドバイスしてくれたので、最初に攻略したのもアーロンだったぐらいだ。
・運動パラメーターを一定数まで上げる
・見た目パラメーターを一定数まで上げる
これを満たすと『近衛隊の模擬試合』イベントが自動的に発生し、アーロンがヒロインに一目ぼれをする。ヒロインが学園外に出かけると偶然アーロンと出会い(アーロンが待ち伏せをしていたのだが……)二人の距離は縮まる。しかし卒業間近になり、ヒロインは親に婚約者が決められてしまう。アーロンとの駆け落ちを決意するが、その婚約者はアーロンだったことが判明しハッピーエンドとなる。
悪役令嬢は学園外に行こうとするヒロインを毎回と言っていい程、邪魔してきた気がする。最終的には学園外でヒロインを暴漢に襲わせようとするが、それがアーロンに発覚し手打ちにされてしまうというエンディングだったような……。
ヒロインと会うことができれば色々な問題は解決するような気がしていたが、冷静に考えれば婚約者を取られた相手に、そんなにフレンドリーに接してくれるわけもないことにようやく気付かされた。