『幼なじみ』という裏の顔を持つ~金髪イケメン・エドガー視点~
エドガーは早る気持ちを抑えながら、リリィの部屋へ続く廊下を歩いていた。
『リリィが幼いころの記憶を全て忘れている。』
その確信を得たからだ。リリィとの出会いは今から遡ること十二年前のことになる。六歳になり王宮の学園の初等部に入学した時だった。王宮中にある少人数制の学園には一部の貴族の子女達と王宮内にある神殿で育った身寄りのない子供たちが通っていた。
貴族の庶子などが集まっている特殊な施設ということもあり、特別に学園へ彼らも進学することが許されていた。慈善事業や情操教育が目的ということだったが、その実態は子供を施設に預けた貴族らによる多額の寄付金によるところが大きかったに違いない。
リリィは神殿出身だった。
本人も自分が王族だと知らなかったらしく、エドガーら貴族出身の子供たちには遠慮している節があった。学園の建前としては
「身分制度は学園内に持ち込まない」
というルールだったが、子供たちは自然と親の爵位を意識して、自分の立ち位置を探りつつ遊んでいた。そのためエドガーはクラスの中心的存在だった。というのも学園には
・公爵
・侯爵
・辺境伯
・伯爵
・子爵
・男爵
までの子供達が入学することを許されており、公爵の跡取り息子であるエドガーはヒエラルキーのトップに君臨することになるからだ。さらにエドガーは自分のビジュアルが平均以上ということは重々承知していた。金髪に青い瞳。整った顔立ちでニコリと微笑むと大半の女性はウットリとした表情を浮かべる。
そのためエドガー本人には虐めるつもりは決してなかったが、三十人近くいるクラスメイト全員と仲良くするのは逆に難しい問題でもあった。自分の周辺にあつまる伯爵家以上の取り巻きらと一緒に行動するようになり、それ以下の爵位の人間とはあまり積極的に関わろうとしなかった。
離宮内では、リリィと幼なじみであることを全面に押し出しているエドガーだが、実際のところ、学生時代はリリィを「知っている」だけで特別な友人だったわけではない。どちらかというと同情と憐みの目で彼女を見ており、「ああならなくてよかった」という自尊心と安心感を満たすために視野に入れていた節が多々あった。
そんなリリィがエドガーの中で特別な存在になっていったのは十歳になった頃からだった。影はあるものの愛嬌のある顔立ちをしていたリリィだが、その頃になるとスッキリとした美しさが顔をのぞかせ始めていた。エドガーの中で
「可哀想」
という存在から
「可愛い」
という存在に変わるまで、そう時間は要さなかった。だが、それでも施設育ちのリリィと接触することは、取り巻き達の視線や自尊心が許さなかった。
「生意気だよな」
と時にはからかったり、同じ施設の男と一緒にいる時は盛大にからかったりもした。もちろん、その言動の裏には恋心が隠れているのだが、自分の気持ちに素直になることはできなかった。
だから十八歳になった今もエドガーは、どこかで学生時代の自分に後ろめたいものを感じていた。十五歳の時、王の隠し子だったことが発表された後、ようやくエドガーはリリィと話をする機会を得たが、リリィは全く学生時代のことを気にした風はなく
「仕方ないわ。私だってエドガーとなんて仲良くなれる気はしなかったし」
そう言って、婚約者となることを許してくれた。この時、リリィもまた自分に対して恋心を抱いてくれていたのではないか…というほのかな期待もあったが、その期待はあっさりと打ち砕かれることになった。リリィは一年もしないうちに次から次に婚約者を増やしていったのだ。一時期は十人以上婚約者がいた時期もあったが、リリィなりに精査しているらしく、現在は五人の婚約者に落ち着いた。
公爵家の息子と婚約しておきながら、他の婚約者を作るという蛮行に対して普通ならばエドガーの両親が抗議をするところだが、彼らは決して声を上げなかった。
というのも公爵家といっても先々代国王の子孫…というだけで実態は産物などない広大な領地しか所有しておらず、父親が宮廷で重要な役職についているわけでもなかった。逆に貴族同士の付き合いに金がかかる分、家計は火の車だったのだ。そのため婚約者が複数人いることについて悩んだエドガーに対し、両親は
「王が男爵や伯爵なんかの息子との結婚をお許しになるはずはない」
「母上様がおらず後ろ盾がない姫様は、婚約者を作ることで後ろ盾を作られているだけ」
「王となられたら、愛妾を作られるのは当然のこと。今からその準備をされているだけで、実質的な婚約者はあなただけよ」
と息子が得た僥倖を失うまいと逆に必死に説得した。まさに政略結婚という言葉がピッタリの関係だったのだ。だからリリィもエドガーを「公爵家」の人間として大切に扱っていたが、決して愛情をもって接してもらっていたというわけではない。
夜会などではエスコートすることを許されるが、そこに元王子であるラルフが参加するとなるとエドガーは彼らの後ろをついて歩くことになる。優しい言葉をかけてはもらえるが、決して熱を帯びた視線を向けてもらえるわけではない。
「仲良くなれる気はしなかった」
その言葉に「今も」というニュアンスが含まれていることに、エドガーが気付くにはさほど時間はかからなかった。ところが、今のリリィはどうだろうか?ふと昨晩のやり取りを思い出してエドガーはニヤリと笑顔を浮かべる。
「エドガー」
と遠慮気に呼ぶ声には微かな恥じらいが感じられ、自分に送られる視線は一般的な女子が送ってくる熱いものと同じだったではないか。周囲の婚約者たちは単純にリリィの体調を心配していたが、エドガーにとっては千載一遇のチャンスでもあった。
「楽しい学園生活。淡い初恋の思い出」
それが新たに作れるのだから。もちろん治療の結果、彼女が過去の記憶を取り戻す可能性もある。ただそれまでに、他の婚約者と一線を画した存在になればいいだけのことだ。あと半年もすれば戴冠式が行われる。
半年。
かつては延々に続くような時間に思えていたが、今は一分一秒が惜しかった。