最終話(後編)シャルルの野望3
大聖堂のバージンロードを歩きながらシャルル…いや智子は感極まっていた。
「本当に長かった」
小さく呟き一歩一歩神官長と新郎が待つ祭壇へ歩を進める。実はこのシーン、智子はゲームの中で何百回も見てきた風景でもあった。だが、やはり王となったエドガーとの結婚式はゲームで見ることができるスチールとは比べものにならない程華やかだった。
その華やかさはこうして見ることができる式典のそれだけではない。誰がシャルルのベールを持つかで親戚間で軽いいさかいが起き、ブライドメイドを誰が務めるかでは貴族令嬢の間で小さな派閥闘争が起こった程だ。さらに式典のドレス、その後のパーティでのドレスを誰がデザインするかでは死人が出た程だ。
『エドガーエンドで間違いじゃなかった』
来賓席から寄せられる羨望と嫉妬の眼差しを感じながら智子は心の中で確信した。全てのパラメーターを一定以上にしなければならないこともあり、逆ハーレムエンドの次に難しいと言われているエドガーエンドだが、このゲームを何百回とクリアした智子には赤子の手を捻るほど簡単なエンドでもあった。
だから最初にメインヒロインとして転生した時、喜びよりも絶望の方が大きかった。セリフの一つ一つを細かく暗記している智子は、どのエンディングでも失敗しようがない既定路線でしかなく、その人生を短くとも十八年間も過ごさなければならないのだから。そこで智子は
「誰のエンドが一番豊かな生活を送れるか」
と考えた。
・エドガー→公爵嫁
・アーロン→近衛隊長嫁
・シリル→神官長嫁
・ラルフ→亡国の王妃(国が再興する前に死ぬ)
・リアム→男爵セレブ嫁
・ユーゴ→魔王嫁(実世界には戻れない)
どれもパッとしなかった。それなりに幸せそうだが、誰もが憧れるようなエンディングではない。そんな中、学園で六歳のリリィと知り合い、彼女の中身が大学の友人ということに気付いた。そこで彼女にある提案を持ちかけた。
「リリィが逆ハーレムエンドのルートを選択してみない?」
ゲームでは逆ハーレムエンドの後、魔王・ユーゴと主人公は結ばれ、戻ってきたエドガーと悪役令嬢・リリィが結婚する。それを知ってか知らないでか友人は
「逆ハーレムエンドって、智子ちゃんが『感涙モノ』って言っていたエンディングだよね!悪役令嬢でどうしようかと思っていたのーー。ありがとう」
と快諾してくれた。そこで智子はありとあらゆる手段を使ってリリィの逆ハーレムエンドに向かうよう手助けをした。表向きは犬猿の仲の二人だったが、リリィの全ての行為は王妃となるシャルルのために欠かせないアクションでもあった。
途中、リリィの調子がおかしかった時期もあるが、結果は完璧だった。仮面舞踏会の夜からエドガーとの距離を縮め、魔王城から帰ってきた時には誰よりも先に彼の懐に飛び込めた。
祭壇の前でシャルルを、迎えるエドガーの瞳は虚ろだったがそんなことは彼女にとってはどうでも良かった。彼が自分に対して左程愛情を感じていないのは痛いほど分かっていたが王妃になるのだ。
「私だからこそ迎えられたエンディング」
そんな自負もあった。
だが前世では結婚経験も王室での生活を経験もない平凡な女子大生の智子。その結婚が一人の女性の人生にとっては、エンディングではなく深淵の入り口に過ぎないことに気づくのには、そう時間を要さなかった。