魔王も華麗に転生!配られたカードは悪くないようです
目を開けたら、そこにはむさ苦しい男達の顔がズラリと並んでいた。
鈍い後頭部の痛みとツーンとする鼻の違和感を感じ、マストから落ちたことをにわかに思い出す。身体を起こそうとすると左端にいた金髪の女性がパッと抱きしめてくれた。
母さんだ。
「あああぁ坊や坊や」
母親の温かさにこそばゆさと嬉しさを覚え思わず笑みがこぼれてしまう。しかし次の瞬間、ゴツンという音と共に脳天に衝撃が走った。
「心配させやがって、気をつけろ」
涙目になりながら、その言葉の主を見上げると浅黒く太った中年の男がいた。彼の目の端には薄っすらと涙が浮かんでおり、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
父さんだった。
俺は海賊の船長の息子として産まれ変わったことをにわかに思い出す。突然現れたエルフの魔法により体から魂が分離させられ、瀕死の赤子の体に入りこんだのだ。マストから海に落ちるまで自分が転生したことに気付いていなかったが、ようやく全てを思い出した。
自分の手を動かしてみると、ほんの少しだけリリィの温もりが残っていたような気がする。
『そうだ、リリィに会いに行かなきゃ…。』
慌てて辺りを見回すと、視界の先には延々と海原が広がっていた。
「父さん、今度はいつ港に戻るんですか?」
僕の質問に父さんと呼ばれた男性は目玉を剥き出すようにして驚いてみせた。
「何だその口調は、頭でも打ったのか?!!」
「あんたが殴ったじゃないか!」
母親の抗議に、あぁ、と父親は思い出す。腕っぷしは強いし度胸と人望もあるが、決して頭がいいわけではない。
「あと三日もすれば港が見えてくると思うぞ」
「三日…」
目の前に広がる海原の先には陸地など見えず、彼のいう三日が延々と続くのではないかと思えてきた。
『でも人だ』
六歳にも満たない少年で何もできないし何も持っていなかったが、リリィに会いに行ける人間だ。何者でもないが逆に何だってできるような気がしてきた。ないなら手に入れればいい。力だってお金だって地位だって、なんだってできないことはないのだから。そう考えると世界の全てが希望に満ちあふれて見える。
「今度はニヤニヤして、大丈夫かね……。ほら、着替えるからこっちにおいで、リアム!」
『リアム』と呼ばれて、魔王城でリリィの隣にいた男のことを思い出す。
「僕がリアムだったのか……」
あの時、リリィが瞳を潤ませて「全てを捨ててもいい」と言わしめた男にバカみたいに嫉妬した。自分にないビジュアル、知識、落ち着き払った態度……全てに劣等感を抱いていたが何てことはない自分だったのだ。
「さすがリリィだな」
あんなに違う人間になっても自分だと気づいてくれたリリィに尊敬の念すら覚えた。自分だったら気付けただろうか……。全く自信はない。
「でも、アレになるっていうのは、色々ハードルが高そうだ」
不幸中の幸いは、その事実に六歳の時点で気付けたことだ。リリィに会うまでには二十年以上の時間がある。のんびりはできないが十分な時間の長さに感謝し、目の前の小さな問題……ずぶぬれになった服……から片づけることにした。