悪役令嬢、再び華麗に転生!母になるようです
大粒の涙を流しながら私は暗闇の中をヒタヒタと歩いていた。
「ユーゴ……ユーゴ……」
どれくらい歩いていただろう。一日、二日……いやもしかしたら一時間しか歩いていないような気もする。そもそも前も後ろも上も下も分からないのだ。ユーゴの名前を呼んでも彼が現れるわけではないのは理解していたが、何かを呟いていないと頭がおかしくなりそうだった。
何千と彼の名前を呟いた時、遠くから赤子の泣き声が聞こえてきた。
「出口?」
歩く速度を速めて、その声がする方向へ走った。
「助けて……助けて……」
突然目の前に広がった景色に私は小さく悲鳴を上げる。血が海のように広がった床の上で産声を上げる赤子と傷ついた女性がいた。女性は小さく呟きながら赤子に必死で手を伸ばしている。
「神様……うんん、悪魔でも魔物でも……。助けて下さい。赤ちゃんだけでも……お願いします」
出産したはいいが、体力が持たなかったのだろう。うなされるように助けを求めていた。
「あなたの身体をもらってもいい?」
私の言葉に女性の瞳に希望の光が宿った。
「この子が助かるなら……。お願いします。お願いします。この子を助けてください」
どうやって彼女の身体を手に入れるかは疑問だったが、近寄るとスーッと自分の魂が彼女の中に入っていくのを感じる。そこはとても柔らかく温かく居心地がよく、この場所にたどり着くのが運命だったような気がした。
「リリィ……なの?」
暗闇の中でそう声をかけられ目を開けると、アデラインがそこにいた。
「こんなに綺麗な女の子になったのね。あぁ……よかった」
彼女はそう言って私をソッと抱きしめる。
「ごめんね。一緒にいてあげられなくて」
その言葉を最後に徐々にアデラインの気配はなくなり、気付いた時には下半身と背中に激痛が走る。声にならない叫びをあげながら私は必死で回復魔法を自分にかけることにした。呪文は分からなかったが、聖女と呼ばれたアデラインの知識が自然と口から出てくる。
「痛い痛い……できるなら自分で回復魔法かけてよね」
悪態をつきながら、結果として彼女が私を救ってくれたことに気付く。意識していたわけではないだろうが、もし彼女が瀕死の状態になっていなければ、私は永遠とあの暗闇の中をさ迷っていたに違いない。
「ありがとう。お母さん」
小さく母親に感謝しながら、母親と魔王城で再会した時の違和感の理由について初めて理解した。あれは“アデライン”であって“母”ではなかったのだ。そして全てを達観したような彼女の表情にも納得できた。
「そりゃ~悔しくも悲しくもないわよね。“私”なんだから」
なんとか血が止まり痛みが鈍くなるのを確認し、私はゆっくりと立ち上がり床に転がっている赤子を抱き上げた。抱き上げられたリリィはピタリと泣き止み大人しくなる。
「凄い不細工」
猿みたいな顔をした“リリィ”は全く可愛くなかった。
「本当の母親だったら、可愛くて仕方ないのかしらね。ま、でもお母さんとの約束だから大切に育てるわよ」
大きくため息をつくと、異変に気付いたのかリリィは再び全身で泣き始めた。