死により意外な疑惑が生まれたようです
アーロンの身体を横から支えながら私は薄暗い石畳の廊下を歩いていた。横から支えるといっても体格差があるので脇の下に身体を入れて支えているという状態だ。反対側の身体をエドガーが支えているが、時間が経つにつれ身体にのしかかってくる重さが増す。
理由は分からないが、移転スクロールを使った私達がたどり着いたのは、離宮でも王宮でもなく見知らぬ神殿だった。出口は強固な魔法によって封印されており、仕方なく別の出口を探すことになった。
「しっかし、古いような古くないような……変わった建物だな」
エドガーの少し調子外れその言葉に周囲を見渡し思わず頷く。壁や廊下は石が敷き詰めてあり、重厚さとレトロさを感じるものの石には不自然なほど汚れやコケなどは付いていない。勿論、屋内で吹きさらしというわけではないので当然かもしれないが、テーマパークを彷彿させるような人工的な雰囲気が漂っていた。
そんな薄暗い廊下の先に光がブンブンと揺れるのが見えた。
「なんかあったのかな?」
おそらく先に行ったシリル、ラルフ、リアムさん達だろう。アーロンの調子は刻々と悪くなったため、最初は少し離れていただけだったが、次第に三人の背中が見えなくなるほど距離が離れてしまった。
「今度こそ帰れるといいんだけどな……」
これまでスクロールだけでなく魔法陣を地面に書いて実行してみるなど、いろいろ実験してみたがこの建物から抜け出す術は見つかっていない。
「もう少しだから、頑張ろう」
アーロンの背中に回す手に力を込めて、そういうとアーロンは微か頷き、小さく「本当に済まない」と謝罪の言葉を口にした。
「正直、アーロンがこんなになるのは俺も予想外だ」
「エドガー……」
無遠慮な物言いに短く抗議したが、エドガーは「この際だから」とさらに言葉をつづけた。
「正直、俺はアーロンに一番納得がいってない。なんだかんだ『恋愛には興味がない』みたいなスタンスのくせに、リリィと仲良くしやがって。俺なんかリリィと『話す』のですら、この距離では久々なのに」
確かにこの一ヶ月、『式典の準備に忙しい』という理由でエドガーと接する時間が激減していた。
「でも、いいんだ。これが俺達の在り方で、こんな愛情があってもいい気がするんだ」
私は「ありがとう」としか返す言葉はなかった。少し抜けているがイケメンで育ちがよい彼だけを見つめられる恋愛ができたら、本当はそれが幸せに違いない。だが『愛情』という言葉では片付かない様々な物をリリィさんは背負っており、そのためには彼の気持ちを利用するしか方法はないのだろう。
「遅い……ってアーロン大丈夫か!?」
三人の沈黙を破るように前方から駆け寄ってきたリアムさんが小さな叫び声をあげる。ここに着いた時と比べると格段にアーロンの状態は悪くなっており、驚くのも無理はない。
「ちょっと待ってろよ」
そう言ってリアムさんはアーロンの額に手をかざし、何やら呪文を唱える。スーッとリアムさんのかざした手のひらに緑の光が吸い込まれ、心なしかアーロンの足取りは軽くなった気もする。
「気休めだが少し楽になったと思う」
そのまま私を押しのけるようにしてリアムさんがアーロンを支えた。
「シリルが魔法陣を見つけたんだ。今度こそ離宮に帰れるよ」
ここに来て何度か聞いた言葉だったが、根拠のないその言葉により私の足取りも少し軽くなったような気がした。
シリルとラルフが待っていたのは最初にたどり着いた広場よりは少し小さめの部屋だが、その中央には緑色に光る魔法陣が存在した。あたりを見回すと神殿を彷彿させるような彫刻が等間隔に壁に設置されている。
「座標は王宮の神殿になっておりますので、今度こそ帰れるかと思います」
合流した私達にシリルが開口一番にそう報告する。
「ちょっと待って、ちょっと待って。俺は疲れているんだ。少し休ませてくれ」
エドガーは明るい口調でそう言うが、相当疲れているに違いない。アーロンほどではないが、彼もまた真っすぐ歩くのが難しい程、フラフラしている。
「待ってろ簡単な回復魔法を使ってやる」
アーロンを地面に横たえると、リアムさんはエドガーの元へ向かう。エドガーはなんだかんだ文句を言いながら、リアムさんから魔法をかけて貰っている。そんな中、ドレスの裾が弱々しく引っ張られた。
アーロンだった。
「大丈夫?」
アーロンに顔を寄せて、その言葉を聞き取ろうとするとそのままガッと肩を抱き寄せられる。
「気を付けろ……リアムに……」
「リアムさんを?」
「知りすぎている……」
アーロンは肩で息をしながら、必死で何かを訴えようと試みているが言葉にできずにもどかしそうな表情を浮かべるばかりだ。
「リアムさんは……」
『何時もなんでも知っているよ』と言おうとしたが、ふと冷静に振り返ってみると確かに彼の言動は『全てを知っている』かのように的確だ。最初にテスカの神殿に移転された時も、ほぼ同時に神殿にたどり着いたにも関わらず、的確に指示を出し、数匹の魔物も瞬時に倒していた。いや、そもそも彼がこんなに魔法で攻撃ができるということですら初めて知った。
私の中で小さな疑惑が生じたことをアーロンは感じたのだろう。小さく「よかった」と言って微笑む。
「守れなくてごめん」
その言葉を合図にズルリと私の肩からアーロンの腕が垂れ下がり、力なく地面に滑り落ちた。
「アーロン?!アーロン?!」
必死で私が呼びかけ、揺するが反応はない。
「リアムさん!リアムさん!アーロンが……」
私は半泣きになりながら、エドガーと談笑しているリアムさんの名前を呼んだ。『知りすぎている』という言動の正体は不可思議だったが、目の前のアーロンを何とかしてくれるのは彼しかいない。
「リリィ?!」
ただならぬ雰囲気を感じてリアムさんは駆け寄り、アーロンの息と脈を素早く確認する。さらに短く呪文を唱えてアーロンにかざすが、先ほどのように緑色の光は彼から出てこず、静かに固まったままだった。
「死んだ」
その言葉は先ほどまでこの小さな部屋に広がっていた希望をあっけなく打ち砕いた。
「魔法……使えって言ったよな……」
悔しそうに呟いたリアムさんの言葉に、アーロンがこの数分間は魔法を一切使っていなかったことを思い出す。
「どうしよう……。私のせいだ」
涙が次から次へと流れ落ちる。
「私がちゃんと言わなかったからだ」
リアムさんに勢いよく抱きしめられるが、涙はもちろん止まらない。『こんなはずじゃなかった』『私のせいだ』『女王になりたいなんて言うんじゃなかった』。その時、初めて悪役令嬢になろうとしたことを後悔した。