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戴冠の儀式…戦闘から始まるようです

 儀式を行うことが決まってからの1ヶ月は長いようで、とてつもなく短い気もした。儀式の段取り、今後の予定、即位後の式典の準備と連日公務に明け暮れる日々だった。だからこそ、いざその日が訪れてしまうと逆に現実感が感じられないから不思議だ。


「儀式が終わったら、リリィは女王なんだよね」


 普段よりも重厚な服を身にまとったエドガーもやはり緊張気味なようだ。一同に会した他の婚約者らを見るとやはり、各々正装と思われる服装に身を包んでいる。現に私も赤いドレスに普段は着用しないマントの着用まで指定された。


「北の神殿は本当に大丈夫なのでしょうか……」


 そう言うシリルは緊張を通り越して恐怖の表情を浮かべていた。確かにこういう時、一番に狙われるのは神官と相場が決まっている。


「一応、調べてみたが、特に北の神殿が魔物に占拠されているという情報は入っていないから安心しろ」


 五人の中で唯一冒険者風の服装をしているリアムさんは、穏やかな表情で安心させようとするが、シリルの表情から恐怖が消えることはない。


「もし魔物が来たら俺に任せろ」


 腰に携えた剣を見せるようにして、そう言うとアーロンは私の頭にポンッと手をのせる。厚い革手袋からも彼の温もりが伝わってきたような気がした。


「この二年、色々あったけど、ついに来たんだね」


 ラルフの言葉は的確に私達の気持ちを代弁していた。そしてその言葉を合図にしたように目の前の重厚な扉がギッーと音を立てて開く。扉の先には普段、神殿で見る魔法陣の数倍はある巨大な魔法陣が煌々と光を放っていた。五芒星のような図式が書かれており、その各頂点部分に神官がそれぞれ待機している。


「リリィ王女様、よくぞお越しくださいました。本日、儀式を取り仕切らせて頂きますベネティクト・エリソンと申します」


 扉の前で待っていた神官は、仰々しくそう言うと、サッと私の手を取り魔法陣へ誘う。


「通常の魔法陣ですとお一人しか転送できませんが、この魔法陣を使いますと六人同時に希望の場所へ転送できるようになっております」


 そう説明をうけ、ふとシリルの作った移転スクロールのことが気になった。何気なく使ったがあの一枚のスクロールで、同時に二人が移動できた。最大何人を移転させられるのだろう。念のため全員分として三枚持ってきているが……。


「それでは移転させていただきます」


 神官長の言葉に我に返ると、他の婚約者らは五人の神官の前で既にスタンバイ済みのようだ。少しすると神官長の合図の元、神官らが呪文を詠唱していく。普段の移転よりも若干長いのは、やはり戴冠の儀式だからなのだろうか。


 こう言った特別な事柄を重ねることが戴冠の儀式とするならば、その歴史を守りたいと言った宰相の気持ちも分からないでもない。そんなことを考えるうちに魔法陣は青白く光を放ち、身体がフワリと軽くなる感覚が包んだ。



 五感の中で最初に刺激されたのは嗅覚だった。すえた臭いをベースに排水溝のようなドブ臭い悪臭が鼻を突き刺す。


「リリィ、アーロンの後ろにいろ!!」


 リアムさんに突き飛ばすように押されると、コンっと鎧と思しき金属が背中に当たる。


「アーロン、何でもいいから魔法を使え!!!」


 再び投げかけられたその言葉に後ろを振り返ると膝をつき真っ青な顔で汗をダラダラと流すアーロンがいた。訓練をしている姿を見たことはあったが常に余裕があるように見えており、こんなに切羽詰まった彼を見るのは初めてだった。


「アーロン、あの時の魔法、見せて」


 そっと彼の耳元で囁くと目だけを動かしアーロンが頷く。魔法を使うことで、この苦しさが解消されるのかは疑問だったが、アーロンの手元に小さな炎が灯ると強ばっていた身体の緊張が解れるのを感じた。ホッとした次の瞬間、爆風に背中を押された。アーロンに抱きつくような態勢になりつつも振り返ると次から次に魔法を繰り出すリアムさんの背中が見えた。


 魔物がいるんだ…という絶望的な事実を、一瞬にして悟る。醜い断末魔が立て続けにあがり、少しするとリアムさんが足早に私達のところに駆け寄った。


「とりあえずは蹴散らしたが、後続がくるのも時間の問題だ。アーロンは魔法を使い続けろ」


 そう言い放つとリアムさんは何かを探すように周囲をウロウロと歩き回る。


「北の神殿に魔物はいないって……」


「ここは北の神殿ではありません」


 リアムさんの代わりに私の疑問に答えたのはシリルだった。アーロン程ではないが顔色は悪いが、頭はフル回転しているのだろう。何かを考えるような表情を浮かべている。


「おそらくテスカの神殿ではないでしょうか。あそこに掛けられている肖像画がテスカ港の英雄のような気がします」

 

 シリルの指先には薄汚れたひげ面の中年男性が描かれた肖像画がかかっていた。あの状態からよく人物を特定できたな……と感心する一方、織田信長やフランシスコ・ザビエル並みに有名な人物画なのかもしれない。


「あのクソアマ!またやりやがったな……」


 シリルの推察にリアムさんは、歯ぎしりしながら悪態をつく。


「ラルフ、エドガー、シリル歩けるようだったら魔法を使いながら魔法陣を探してくれ」


「魔法を……?」


「いいから探せ!説明している時間がない」


 フラフラと立ち上がりながら口にしたラルフの疑問を容赦なく、切り捨てる。


「スクロールは?持ってきてるよ?」


 私はマントの内側に隠し持っていたスクロールを取り出す。万が一のことを考えて持ってきていたのだ。


「そうか。その手があるのか!みんなリリィの所へ集まれ」


「でも、これ六人同時に使えるの?」


「六人まででしたら大丈夫です」


 シリルさんにすがり付くように肩をつかまれ、微かな恐怖を感じる。見た目とは裏腹に彼もかなり辛い状況なのだろう。足を引きずるようにしてエドガーが私の元に来たと同時に部屋の入口で低く唸る犬のような鳴き声が聞こえてきた。


「揃ったな!!」


 リアムさんがそう言うと緑色の光が私達を包み、再び身体が軽くなるのを感じた。


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