愛を渇望する~王妃・シシリア視点~
「きぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
王妃・シシリアは自室に入り、メイド以外誰もいないことを確認すると大きく叫んだ。
綿密に計画に計画を重ね、一番の急所を攻撃したはずが、あっさりかわされ怒り心頭だったのだ。時々こうしてシシリアが癇癪を起すことをメイド達は熟知しており、自分達に害が及ばないようにコッソリと姿を消す。
「あの女めぇぇぇぇ!!!」
絶叫しながら、近くにあったグラスをシシリアは壁に向けて勢いよく投げつけた。非常に高価であろう薄手のグラスはあっけなく砕け散ったが、勿論、シシリアの怒りがそんなことで収まるはずはない。
シシリアの当初の予定では宰相から国王へ第一王子への王位継承の話を持ち出してもらい、そのまま第一王女を廃嫡し修道院に入れる予定だったのだが、逆にリリィが儀式を行うことで決定してしまった。
彼女の一番の怒りは計画がとん挫したことも大きかったが、国王の必死さがさらに怒りをかきたてた。普段は何も興味がないような顔をして淡々と政務をこなしているだけの彼が、リリィに関してはいつも我を忘れていた。
「あの女は、まだ邪魔をするかぁぁぁ」
今度は近くにあった本を壁に投げつけながら、リリィの母親・アデラインの姿を王妃は思い出した。
「驚くほどソックリな顔をして……なんでも自分の言う通りになると思っている」
アデラインの一歳年下であるシシリアは、学園でも彼女の姿を何度か見かけていた。アデラインは決して身分は高くないが圧倒的な高貴さを漂わせており、シシリアも憧れの存在だった。しかし、その“憧れ”が“嫉妬”に変わるには、そう時間を要さなかった。
非常に負けず嫌いなシシリアは、「一番になること」が何よりも好きで、結婚相手は「一番」である王太子である必要があったからだ。実家は侯爵家と身分が低くないこともあり、王太子との結婚が「全く不可能ではない」ことも彼女の衝動をかきたてた。だが、彼女が王太子の存在を学園で認識した時にはデボラという公爵家の娘との婚約が決められていた。
さらに王太子の視線の先には常にアデラインがおり、自分が入り込む隙は全くと言っていい程なかった。だからこそシシリアはデボラをそそのかした。人を使い王太子がアデラインにいかに魅了されていることを吹き込んだ。
嫉妬に狂ったデボラがアデラインに嫌がらせでもして婚約破棄されないか……と思ったが、意外にもデボラは気位が高く、王太子の心変わりを容認していた。これでは埒が明かないと思ったシシリアはさらに手を打つ。
王太子達の一番の理解者になったのだ。
アデラインの信者の一人のフリをして近づき、周囲が反対する二人の関係を応援するフリをした。二人の理解者が驚くほど少なかったこともあり、アデラインだけでなく王太子も直ぐにシシリアに心を開いていった。
だがシシリアの狙いはソコではなかった。なんとしてでも“婚約破棄”してもらわなければいけないのだ。そこで、いかにもデボラから嫌がらせがあったように見せかけアデラインに嫌がらせをした。
ドレスや物を盗む、破る、汚す。
ありもしない悪口を吹き込む。
暴漢に襲わせる。
どんな嫌がらせを受けてもアデラインは困ったような笑顔を浮かべるだけで、決して王太子に泣きつくこともなかった。これでは“婚約破棄”に至らないだろうと考え、シシリアが王太子に『デボラの悪行』をいいつけるのが日課ともなっていた。しかし公爵家とのつながりを考えてか、王太子はなかなか婚約破棄を言い出せずにいた。
刻々と迫る“学園卒業”にシシリアは焦っていた。三人が学園を卒業してしまうと現在のように彼らの関係を破綻させることができなくなってしまうからだ。そこでシシリアはある日、
「このままではアデライン様が殺されてしまうかもしれません」
と進言し、王太子はようやく婚約破棄をデボラに伝えた。シシリアの予想通りデボラはあっさりと婚約破棄を承諾し、晴れて王太子は婚約者がいない状態となった。ここからが正念場だ…と思った矢先になんとアデラインが妊娠したというではないか。
シシリアにとっては全てが計算外だった。当初はアデラインとの結婚に難色を示していた周囲もデボラとの婚約が解消されたことを知り、にわかに結婚歓迎ムードに変わり始めた。
「一番になれなかった……」
シシリアがそう諦めかけた時、にわかに幸運が降ってきた。アデラインが失踪したと告げられたのだ。最愛の人を失った王太子の落胆は大きく、シシリアが入り込むのは非常に簡単だった。気付いた時には王妃になっていたが、彼女が一番望んだものを手に入れた時、何かが違うことに気付いた。
国王となった王太子は決して王妃である自分を見ていないのだ。
離宮を作った際も王妃の部屋の上に、アデラインの個室を作り夜な夜なそこで過ごしていた。勿論、世継ぎが必要なため、シシリアとも夜を共にしたことはあったが本当に機械的なもので、そこには愛情はなかった。
さらに一年して子供ができないと分かると、側妃を次から次に迎える。
側妃を四人迎えても王子が産まれなかったことから、その日から王妃だけでなく側妃の部屋すら国王は訪れないという徹底ぶりだ。そんな国王が変わったのは、リリィが神殿で育てられていることを知ってからだ。
その少女はアデラインに瓜二つの少女だった。
初めてリリィを見た時、シシリアは発狂するかと思った。髪の色が違うだけで目鼻立ちはアデラインに生き写しだったからだ。国王はリリィのために法さえも改正させ、女王に即位させようと躍起になった。リリィが十五歳になった時には離宮を与え、周囲も女王擁立でことが動き始め出した。
自分に対抗する何も手段がないと分かり、シシリアが全てを諦めようとした時、二度目の幸運が彼女のもとに降ってきた。子供を妊娠したのだ。魔物が王城内に侵入してきた時、脅えていたシシリアを気まぐれで国王が抱いたのだが、その一回で妊娠に至った。
「負けてはだめよ」
部屋にある投げられる物を全て投げつけ終わり、シシリアは肩で息をしていたが気持ちは少しずつ冷静になっていた。国王そっくりの息子が誕生してから彼女の「一番」の基準は彼に変わった。決して自分に向けられることがなかった青い瞳とソックリの瞳に自分の姿しか映らないことを確認するたびに、シシリアは
「この子を国王にしよう」
と心に誓ったのだ。
「大丈夫。大丈夫よ。まだ方法はあるはず」
『最後はリリィを殺してしまおう』と物騒な考えに至り、ようやく彼女の気持ちが落ち着く。その激情は国王がリリィへ向けている感情と決して遠くないものだということに、まだシシリアは気付いていなかった。