国王にも『すねの傷』があるようです
肖像画が所狭しと並ぶ王宮の回廊をリアムさんと歩きながら、ふと先ほど感じた疑問を思い出した。
「ねぇ、『さるお方』って誰なの?」
「うん?俺が国王様に申し上げたことか」
大したことではないといった様子で、歩調を緩めることなくリアムさんはそう聞き返す。
「そう。あの一言で全部決まったようなものじゃない?」
「あぁ……あれ、俺のことだ」
「は?!」
とんでもない答えに私は思わず言葉を失った。
「ハッタリだったの?」
「ハッタリじゃねーよ。過去の俺が、『リリィ様に仕えろ』って言うんだから本当だろ?」
「誰かが聞いたら大問題よ」
私は慌てて周囲を見渡し、この不敬な会話を聞いた人物がいないか確認した。不幸中の幸いだが、そこには私とリアムさん以外誰もいなかった。
「でも、効果あっただろ?そして嘘でもない」
「そうだけどさ……。もし上手くいかなかったらどうするつもりだったのよ」
「王族とか貴族って、なんかよく分からない権力にクソ弱いんだよ。まぁ、ああ言われて黙るってことは、国王様のスネにも傷の一つや二つあるだろうな」
顔色一つ変えずにそう言うリアムさんは、さすが『一代で爵位を得た人物』という風格を感じられた。
「お前もなかなかだったな。『即位の儀式』をするなんて、よく即決したな」
「だって普通の儀式なんでしょ?」
「あ……知らないで言ったわけね」
少し呆れた表情で私をリアムさんが見下ろす。
「で、でも、あの場でああでも言わなかったら私、王位継承権をはく奪されていたもん」
「ま、そうだわな」
「その儀式ってそんなに危険なの?」
「かつて勇者が5人の仲間と共に魔王を倒し、この地に平安をもたらしたといわれている」
リアムさんはおもむろに一枚の肖像画の前で立ち止まる。中年の髭を蓄えた男性が馬にまたがっている肖像画だった。
「これがその初代国王・アンデリック様だ」
他の肖像画と比べるとひと際大きく、王族の中でも特筆すべき存在なのが一目瞭然だ。
「その偉業を称えて、王に就任する者は伝説を踏襲する形で儀式を行うんだ。当初は本当に魔王城に行っていたらしいが千年近い時を経て儀式は簡素化し、今は最も魔王城に近いといわれているトアイトンの神殿にある聖剣を抜いて来るらしい」
「ほら、簡単じゃない」
少し王城から離れた場所に行くだけで、『神殿』がゴール地点ならば魔法陣を使って移動することも可能だ。さほど大きな困難が待ち構えているようには思えなかった。
「でも“魔王”って存在しないわけでしょ?だから宰相さんが言っていたように『魔王を倒した者が国王になれる』なんて法があるわけだし」
本当に魔王がいて、国の危険となる存在ならば、確かにそれを倒した勇者が国王になっても何ら不思議ではない。だがこの数週間、この世界に暮らしていて感じたのだが『魔物』の存在に怯えることはあっても『魔王』の存在に危機感を感じることは一回もなかった。魔物も突発的に発生するだけで、魔王の指揮下で軍として攻めてくるわけでない。
そもそも国王が自分の立場を脅かすような法を作るわけがない。ならば考えられる答えは一つ、『魔王が存在しない』のだ。存在しないからこそ『倒したら』という条件を容認しているのだろう。
「確かにあの『勇者法』は王の存在を意味づけるために存在しているっていっても過言じゃねぇな」
私の推理を少し感心した様子で聞きながら、リアムさんは頷く。
「でも残念ながら年々、魔物の領地は拡大している。今は魔物の巣窟といわれているテスカ港だって五十年前は世界屈指の貿易港として栄えていたんだ」
地理が今一つ把握できていないので、どのくらいの速度で魔物の領地とやらが拡大しているのかは分からなかったが「儀式を行う神殿もいつ魔物があふれる場所になっても不思議ではない」ということなのだろう。
「あとな、ここだけの話、国王は儀式に失敗した……って噂もあるんだ」
リアムさんは初めて声を落とし、私の肩をそっと抱き寄せる。おそらく口にすることも憚られる程、トップシークレットの話題に違いない。
「十八年前、現国王も五人の“仲間”を連れて儀式に臨んだが、実際に帰ってきたのは国王と二人の神官だけだった。一応、儀式を行ったという体にして即位されたがね」
「だから儀式の撤廃を主張されていたのね」
数週間目にして私が初めて国王様に会ったということは、おそらくリリィさんも娘と認知されてからも、さほど国王と接触があったわけではないのだろう。つまり『儀式撤廃』がリリィさん個人を慮ってという理由ではないのは薄々感じていた。儀式を自分が行えていないからこそ『形式的』であって欲しく、自分の後継者にもそうあって欲しかったに違いない。
「まぁ、形式的なもんならわざわざ危険を冒さなくてもいいだろって話ではあるけどさ。ちょうど、去年まで王子が一人もいなかったこともあって、すんなり法が改正されたんだ」
これも又、国王が持つ『すねの傷』の一つなのかもしれない。




