「恋」に理由は必要ないようです
数回救助船が往復した頃だろうか。ドレスのすそをグイっと引っ張られ、振り返ると猫の耳がついた小さな少女が二人そこにいた。『エルフと獣人の子供を助けに行く』と言っていたリアムさんの言葉を思い出す。
「リリィ様?」
名前を呼ばれ、私は彼女達に視線を合わせるためにその場にしゃがむ。
「えぇ、私がリリィよ。はじめまして」
私が挨拶すると二人はパッと表情を明るくする。
「やっぱりリアムおじさんが言っていた通りだね。黒髪の凄い美人!」
「リアムさんが?」
名前を聞くだけで思わず泣きそうになる。
「うん!寝る時、お姫様の話してって言ったら、リリィ様の話をしてくれたの。とっても性格が悪くて意地悪なことばっかりしているけど、本当は泣き虫でいい人だって言ってたよね、お姉ちゃん?」
「クロエ、それ言っちゃダメって言われたでしょ」
『お姉ちゃん』と言われた少女がそう言って、もう1人の少女を小突く。クロエは『しまった』という表所を浮かべて私のことを恐る恐る見上げた。
「リリィ様ごめんなさい。聞かなかったことにしてください」
「大丈夫よ。それよりリアムさんは、まだ船?」
「そうです! それが言いたかったんです。リアムおじさん、奥の部屋にいたエルフの子達を助けていたら、そのまま閉じ込められちゃって……。助けてください」
ふと船を見ると三隻のうち一隻は砲弾がまともに当たり、今にも沈みそうだ。心の中がザワザワと音を立てるのが聞こえてくるようだった。
「ありがとう。あとは私がなんとかするから、二人は神殿の方へ行ってちょうだい」
少女達が神妙な面持ちで頷くのを確認し、私はシリルが渡してくれたスクロールを握りしめた。
身体の感覚が消え再び目を開けると、目の前には驚いた表情を浮かべて立っているリアムさんがいた。夢じゃないかと思い思わず抱きつく。火薬と汗と血の匂い――決していい香りではないがそんな複雑な香りが私を妙に安心させた。
「会いたかった」
「リリィ。夢……じゃないよな?」
体を離すと呆けた顔でリアムさんが私を見ている。
「俺、死んでないよな……」
この人は死ぬ時に幻影で見る程、リリィさんが好きなのかと思うと嫉妬を通り越して呆れてしまう。
「死んでないわよ。意地悪で泣き虫なリリィ様が助けに来てあげただけです」
「あいつらか……」
「うん。教えてくれたの。どこか怪我しているの?」
「怪我はしてないが、ここから出られなくなってな、困ってたところだ」
そう言ってリアムさんが見上げた天井には子供が1人通れるか通れないかぐらいの小さな穴しか空いてなかった。子供達を逃がしたはいいが、自分が出れなくなったのだろう。
「で、どうするかな……って思っていたところに、お前が来たわけだ」
「よかった」
安堵のあまり再びリアムさんに抱きつく。今度は子供をあやすようにリアムさんも私を軽く抱きしめてくれた。
「やけに甘えてくるな。どうした」
「会いたかったのよ。一番にあなたの所に行きたかった。泣いて叫んでリアムさんの安全を確認したかったけど……我慢して頑張ったんだから、これぐらい許してよ」
「なぁ……なんで俺なんだ? エドガーとはいわないが、ラルフだってアーロンもいるぞ」
突然の真面目な口調に私は体を離す。
「分からないよ」
本当に理由は分からなかった。正直なところをいうと、全く彼は好みではない。ビジュアルからするとエドガーやアーロン、ラルフの方がよっぽどイケメンだ。若さという点においてはシリルにすら劣っている気がする。でもおそらく、他の誰がいなくなってもリアムさんを失うほど苦しくはないだろう。
この感情を表現するのは本当に難しかったが、この数週間一緒にいて感じたことを伝えようと私はゆっくり言葉を選ぶ。
「自分でも分からないけど……なんか、こう、少年みたいなの」
「なんだそりゃ?そんなに子供っぽいか?」
「ううん。違う。うまく表現できないけど、リリィさんの中に私がいるように、リアムさんの中にも少年がいるみたいなの。その子はどうしても放っておけないというか……凄く大切な存在なの」
「なんだよそれ……」
そう言ったリアムさんはいつの日か図書館でみたような泣きそうな表情を浮かべている。やはりリリィさんではない私では、彼が求める答えを与えられなかったのだろう……と後悔するが、リアムさんは優しく抱きしめてくれた。