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「安定」は「不安定」になって帰ってきたようです

 リアムさんの予想に反して、エドガーは翌日には離宮に戻ってきた。相当、リリィさんが好きなのか、何かしら決意があるのだろうか……。


 ならば、私もそれに応えようと心に決めた。


 吐きたくても吐くものがなければ、エドガーに悟られないに違いない……と考え、エドガーと会う日や一緒に出かける日は最低限の水分補給に留めた。私の努力が伝わったのかは疑問だが、エドガーもあの夜以来、ある一定の距離を保って接してくれる。それがいいことか悪いことかは不明だが、私ができる最大限の努力だった。




「何か悩み事かな?」


 中庭で木漏れ日を浴びながら形の良い笑顔を浮かべるラルフを見て、慌てて私は現実に引き戻される。


「散歩中にごめんなさい」


「うんん。リリィの悩み、当ててあげようか」


「分かるの?」


「顔に書いてあるよ」


 ラルフは悪戯な笑みを浮かべながら、私を東屋へと誘う。小さなテーブルを挟みラルフの隣に座ると、彼は私の手を優しく握った。


「一番の問題はエドガーだね」


「凄い……」


「最近までイイ感じだったのに、急に距離を置き始めた。エドガー邸で開かれた夜会が原因かな?」


 流石に生理的に受け付けなくなったと公言するのははばかられたので、多くは語らなかったが、ラルフはそれを肯定と受け取りさらに続ける。


「エドガーに何かされた?」


 エドガーの名誉のため私は首を横に振る。リアムさんにも聞かれたがエドガーが悪いわけではない……。


「じゃあ、何か呪いでもかけられたかな?良かったら調べるよ」


 聖剣を触った呪い……という可能性もあることに気付き、私は大きく頷く。


「お願いします」


 空腹と吐き気に耐えるだけでなく、何もなかったように平然と強がっているエドガーを見るのはもう辛かった。藁にもすがる思いとは、正にこのことだろう。


「僕としてはライバルが1人減るから、呪いがかかったままでもいいんだけどね……ま、目を閉じて」


 初めてラルフと会った日のように魔法をかけて貰おうとした瞬間、遠くで重低音の爆発音が響いた。その音から私を守るようにラルフは私を抱きしめる。爆音は鳴り止まず、時々小刻みに東屋は揺れるが離宮が崩れてくる様子はない。どうやら、遠くで何かが攻撃を受けているらしい。


「リリィ様!!」


 ヘレナが珍しく顔色を変えて私達の元へ駆け寄ってきた。


「お怪我はありませんか?」


「私は大丈夫よ。ヘレナは?」


「問題ございません」


 ラルフを見ると問題ない、と言った様子で静かに頷き私を抱きしめる手を緩める。


「何の音?」


「港の方から音がするね」


 ラルフにそう言われ、ヘレナは「確認して参ります」とエントランスホールの方へ足速に立ち去った。やはりエルフの耳は長いだけあり、人間と比べると聴力はいいのだろうか。


「部屋に戻ろうか?」


 鳴り止まない爆発音に、ある事実に気付く。


『今日はリアムさんが帰ってくる日だ』


 リアムさんが離宮を離れ一週間が過ぎている。戻ってくる時間についてハッキリと教えてもらっていなかったが、巻き込まれている可能性もありそうだ。


「シリルの所に行ってきます」


 私は腕に付けたバングルを外し、全速力でシリルの部屋に向かった。


「シリル! 移転魔法のスクロール、作って貰えない?!」


 ノックもせずにシリルの部屋に入ると、机に向かっていた彼は驚いた表情で「リリィ様、どうされました?」と私に振り返る。どうしたも、こうしたも……彼の耳には外の爆音は届いていないのだろうか。少し苛立ちながら私は彼の机へ向かう。


「港へ行くスクロールとこの座標に行くスクロール、あと離宮に帰るスクロールもお願い」


「こちらと……こちら……あとこれですね」


 改めて座標を書き込むのかと思いきや、シリルは直ぐに机の上に三枚のスクロールが並べた。


「いざという時のために用意しておりました」


 さすが元神童なだけある。


「これは?」


 いつの間にか背後にいたラルフは不思議そうな顔をしてスクロールを手に取った。


「今は説明している時間がないから、後で教えるわ」


「移転魔法なんだろうね……。ま、それではご一緒しようかな」


「あんな爆音がしている場所だよ。ラルフ、危ないよ」


「私が危ないならば、リリィはもっと危ないのでは?」


 確かに魔法も何も使えない私よりもラルフの方が安全そうだ。


「じゃあ……お願いします」


「ご一緒できて光栄です」


 ラルフはそう言うと優雅に手を差し出し私は、その手のひらに手を重ねる。


「魔法陣を使わない移転魔法よりも消費魔法は少なくなっておりますが、念のためこれも」


 シリルは机の中からゴソゴソと取り出した青と赤の液体が入った二本の小瓶を私に渡した。


「体内の魔法量と簡単な怪我を回復してくれる薬品でございます」


「ありがとう」


「それでは一枚目のスクロールの上に立ってください」


 そう言うとシリルは杖を振って、何やら呪文を唱える。スクロールを中心に私とラルフが、ボンヤリと光り、身体の感覚が消えていくのを感じた。




 次の瞬間、私の鼻腔を潮風と火薬の匂いが激しく刺激する。目を開けるとそこは、離宮からほど近い港だった。


「移転魔法をスクロールに入れているわけですね」


 自分の身体をチェックしながら、ラルフはしきりに感心して見せる。だが、目の前に広がった光景にその表情も一瞬にして変わった。



 まるで戦争だった。



 私達のいる高台から港の入口に停泊している3隻の船に向かって砲撃が繰り返されているのだ。船からは慌てて逃げるようにして人が飛び込む姿が見える。


「リアム殿の船ですね」


 険しい顔をしながらそう言うラルフの言葉に心臓が一瞬にしてこわばるのを感じた。


読破頂き、ありがとうございます。お時間を頂けるようでしたら、最新話の下にあります『ポイント評価』より評価頂けると励みになります。よろしくお願いします。

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