失ってから気付く「安定」もあるようです
エドガーの屋敷から帰った足で私はリアムさんの部屋へ向かっていた。もう『気まずい』とか『気まずくない』とか言っている場合ではなかった。乱暴に部屋の扉を叩くと少し眠そうなリアムさんがのっそりと姿を現す。
「どうしたこんな早朝に」
「大変なの!どうしよう!」
私の慌てぶりに事態を察してくれたのか、リアムさんは無言で部屋の中に招き入れてくれた。
「エドガーに吐いた?!」
半笑いになりながらそう言ったリアムさんを私は思いっきり睨みつけた。
「笑いごとじゃないわよ。触られただけでゾワゾワするの。離れようとしたんどけど……」
リアムさんの部屋のソファーに向かい合って座りながら、昨夜のことと顛末を軽く説明した。
「エドガーになんか、されたのか?」
「全然、何もされてない。う……ん、あの祭壇の部屋に行ってからかな……」
祭壇の部屋に行くまでは普通に一緒にいても不快感はなかったし、むしろ楽しい時間を過ごしていたといっても過言ではない。
「祭壇?エドガーの家にある祭壇か?」
「知っているの?」
「公爵家が聖剣を飾っているのは有名な話だ。で、聖剣に触ったのか?」
「抜ける抜けないの話になって、抜いたらホワホワーっと光ったの」
色々なエピソードは省略されているが、嘘はついていない。そんな私の話を聞き、リアムさんは「うーーん」と唸る。
「その聖剣は魔王を倒す勇者しか抜けないって言われている。伝説だから何とも言えないが、その光に影響されたのかもな…」
「治す方法なんてないの?これじゃあ、エドガーが可哀想だよ」
あれだけのイケメンだ。おそらくこれまでの人生であれ程、人から嫌悪感を示されたことはないに違いない。リアムさんに相談すれば、何らかの解決策が得られると思っていただけに絶望も大きい。しかし、そんな私を見てリアムさんはクスクスと笑いを洩らす。再び私が無言で睨みつけると、必死で笑いを堪え
「で、エドガーは?」
と返す。
「ショックをうけて、まだお屋敷にいるとおもう。帰って来ないかも……」
「ま、俺なら好きな女に吐かれたら、当分立ち直れないけどな。でも今日から1週間、ここを空けるからその前に話が聞けて良かったよ」
「仕事?」
リアムさんが長期間離宮を空けるのは初めてのことで思わず不安になる。
「そう。子供のエルフと獣人が奴隷として密輸されている情報が入ってね。魔物も出る海域だから、俺も行くことになった」
「危ないんじゃない?」
「危ないから、俺が行く。ま、魔物の扱いには慣れてましてね」
おちゃらけたその姿に胸が痛くなる。犬や猫じゃあるまいし、魔物をそんなに簡単に手懐けられるはずもない。おそらく私を心配させまいと言ってくれたのだろう。
「行かないで……」
自分のこぶしに目を落としながら小さな声で呟いた。届かなくてもいい……むしろ届かない方がいい。
「これ、お前にやる」
カタリと二人の間にある机の上に細かな細工が施されているバングルが置かれた。先ほどまでリアムさんの腕に着いていたものだ。
「裏側に、もう片方の座標が書かれている。失くした時に、裏側に書いてある座標を唱えると見つかるって仕組みだ」
そう言って、自分の腕にあるもう片方のバングルを見せる。机の上にあるものよりも太く男女がペアで持つ物なのかもしれない。
「何かあったら、シリルから移転魔法のスクロールを貰って俺のところに来ればいい」
「うん……」
そう言うことじゃないんだけどな……と思いつつバングルを受け取ると、リアムさんは私の頭をポンポンと撫でる。
「前も言っただろ?俺はリリィのそばに居る。絶対、死なない」
何時も一番欲しい言葉をちゃんとくれるリアムさんの言葉に思わず涙が出そうになった。