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シャルルの野望2

 冷え切った廊下をワインで汚れたドレスのままシャルルは歩きながら、その時を今かと今かと待った。仮面舞踏会が開催されるにあたり、彼女の両親は「文化保存のため」という名目で多額の寄付をしたのだが、その際、


「深夜まで行われる夜会に娘を一人参加させるのは不安で……」


と漏らしたところ、エドガーの両親は満面の笑みでシャルルに客室を一室提供したのだ。シャルルの親が払った金額を自分達で調達することを考えれば、客室一室を用意することなど容易いことだった。


 シャルルの客室と同じフロアにリリィが宿泊していることは確認済みだ。その部屋が客室の中で最も豪華で広いことは内心面白くなかったが、広い邸宅内でその部屋がどこにあるか探さなくてもいいという点では歓迎する事実でもあった。そこから出てくるエドガーを待つことが最大の目的だったのだから。




 深夜を少しまわった頃だろうか、物凄い勢いで廊下の一番奥の部屋の扉が開くのを確認し、シャルルは素早く柱の裏に隠れた。コッソリ顔をのぞかせると、そこには顔面蒼白なエドガーがいた。


「本当に分かりやすい人」


 小さくつぶやきながら、シャルルはタイミングを見計らって柱から飛び出した。勿論、エドガーとは派手にぶつかる。


「すみません! あ……エドガー様!」


 シャルルが慌てて謝るとエドガーも驚いた表情を浮かべている。彼女が意図的にぶつかったことに全く気付いていない様子だ。


「こちらこそ前を見ていなくて、ごめん。あっ」


 エドガーは直ぐにシャルルの胸元に大きくできたシミに気付く。


「さっきはリリィがごめん」


「そんなことありません。婚約者のことを悪く言われたら誰でも怒るのは当然ですわ」


「でも、君が悪口を言ったわけじゃないし」


「私の連れが話していたならば、“誤解されても”仕方ありません。私もあんな下品な陰口、直ぐに止めるべきでした」


 エドガーは自嘲気味に笑いながら、頭をかく。


「悪口っていうか、貧乏公爵家っていうのは事実だけどね」


「そんなことありませんわ。こんな素晴らしい夜会、たとえどんなにお金があっても成しえることではございませんもの」


 リリィに拒絶された反動もあり、心地よいシャルルの言葉に思わずエドガーの頬が緩む。


「ありがとう。そうだ、着替えを用意させよう。今から洗えば明日には着て帰れると思うし」


「そんな……家のものに着替えを用意させておりますので、ご安心くださいませ。こんな夜中に用事を言い使ってはメイド達も可哀想です」


 家を上げての夜会ということもあり、メイド達は全員普段の数倍働かされているに違いない……エドガーはシャルルの言い分に、なるほど、と感心する。


「それにほら、こうして隠せば分かりませんわ」


 シャルルは持っていたストールを胸元で合わせ、にっこりと微笑む。ストールによってワインのシミは少し隠れるが、それでも汚れたドレスであることは一目瞭然だ。エドガーは申し訳なさそうに微笑むと、


「せめて部屋まで送らせて」


「それでしたら、よろこんで」


 決して長い道のりではなかったが、シャルルと深夜の廊下を歩きながら、ふとエドガーは学園時代の彼女を思い返していた。リリィのように群を抜いた美人というわけではなかったが、可愛らしい令嬢というイメージが強かった。改めて横顔を見てみると、月明りに照らされたそれは息をのむほど美しかった。


「私の顔、何かついておりますか?」


 その視線を感じたのか、シャルルは上目遣いにエドガーを見上げる。愛らしい瞳に見つめられ、エドガーは内心どきまぎしていた。


「いや、ごめん。ただ、シャルルって、こんなに話しやすかったっけ?学園の時、あまり話したイメージがなかったからかな……」


「エドガー様はいつもリリィ様を見ていらっしゃいましたもんね」


「そ、そんなことは……」


「私はいつもエドガー様を見ておりましたので、存じ上げております」


 突然の告白にエドガーは足を止めた。その衝撃に追い打ちをかけるようにシャルルは言葉を続ける。


「私ではダメですか……?」


「ダメ……だよ。僕はリリィと婚約している」


「知っております。でも、リリィ様はエドガー様だけを見ていらっしゃるわけではありません。こんなにお辛い顔……私なら、させませんわ」


 リリィは体調が悪いから……と言いかけてエドガーは、やめた。確かに自分は婚約者の一人でしかなく、彼女が些細な変化を気にしないのは今に始まったことではないからだ。その沈黙を肯定と取ったシャルルは、エドガーに抱き着く。


「エドガー様をお慰めできるならば、リリィ様の代わりでも構いません。ご迷惑もおかけいたしません」


 その言葉一つ一つにエドガーの脳は縛られ、思考が徐々に停止する。


「お側に置いていただけませんか?」


 両目に涙をためたシャルルに再び上目遣いで視線を送られ、エドガーは否定する気力を失った。メイドだけではない。今日一日でエドガーも疲れ果てていたのだ。ゆっくりとゴールドピンクの髪の毛に手をまわし、ゆっくりと彼女と唇を重ねた。


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