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プライドと共に生きる~エドガーの母・デボラ視点~

 テラスに息子と共に消えていくリリィの背中を見ながら、


『あと少し…あと少し』


とデボラは静かな満足感を覚えていた。『母親の形見』としてリリィの首にかけたが、そもそもあのネックレスはデボラのものだった。


 王太子との婚約が決まった時に彼からプレゼントされたもので、たまたまモチーフが百合のデザインだっただけだ。二人の結婚に愛がないのは分かっていたが、王妃になれるという事実が嬉しくデボラは毎日のようにネックレスを付けていたこともあった。


「すまないが、婚約を破棄して欲しい」


しかし現実とは残酷なもので、学園を卒業するタイミングで王太子からデボラは婚約破棄を伝えられた。理由は言われなくても彼女には分かっていた。王太子の視線の先にはいつもアデラインがいたからだ。



 容姿端麗、神官長の娘。性格もよく学園の人気者。



薄々、王太子がアデラインに好意を寄せているのはデボラも知っていたが、側妃の1人にするだろう……と楽観視していた。しかし彼はアデラインを王妃にしたいと言ってきたのだ。自分に婚約破棄を断る力がないことと、目の前の男の心が完全に自分にないことを頭では理解していたが、デボラの怒りがおさまるわけではない。


 デボラは二人を死ぬ程、憎んだ。愛などという感情ではなく、自尊心が傷つけられたことが何よりも苦しかった。


「二人がいなくなればいいのに……。ただの復讐では手ぬるい。幸せの絶頂期に2人を地の底に落としてこそ私の苦痛が癒える」


 そう決意し、王太子の戴冠式を“復讐の日”に選んだ。魔王を倒すという体をとるこの儀式は、王都から遥か北の魔王の城近くの神殿で聖剣を受け取るのが習わしだ。伝説を模倣するため五人の仲間を連れて王太子が訪れる。


 伝説の勇者は歩いて魔王城まで行ったようだが、王位継承権がある人間が儀式を行う場合、簡略化して移転魔法で神殿まで移動するのが恒例となっていた。その移転魔法の目的地である座標を変えるよう、デボラは神官の1人をそそのかしたのだ。


 目的地は魔物で溢れかえっていると噂されるテスカ港。


 結果として王太子は戻ってきたが、アデラインと二人の騎士は戻ってこなかった。儀式が失敗したことが発覚するのを恐れ、国は事件を隠ぺいしアデライン達は単に失踪したことになったが、デボラには何が起こったのか聞かなくても分かっていた。


 アデラインがいなくなり、再び国王と婚約の話が持ち上がったが、その頃にはデボラと貧乏公爵家との縁談がまとまっており国王と結婚するには至らなかった。


 しかし、デボラは満足していた。アデラインを失った国王は、生気を失い抜け殻のようになっていたからだ。彼女の幸せは、あの男の隣にはないと見限ったのだ。こうしてアデラインの死によりデボラの怒りは一旦は収まったはずだったが、それから五年後神殿にアデラインの娘が預けられたと聞いて、忘れていたはずの怒りが再びこみ上げるのをデボラは感じた。


「あの女は生きていた」


 という衝撃も大きかったが、一番腹立たしかったのは、息子のエドガーが王女とは知らずにリリィに惹かれていることだった。


「リリィがねー」


「リリィとねー」


 学園のことを聞けば決まって、リリィの話が登場する。


「リリィちゃんって子好きなの?」


 と聞くと顔を真っ赤にして、違うよ!と全否定する息子を見て、デボラは静かな怒りを通り越して焦りを感じ始めていた。


『私の時のように息子が傷つけられたら……』


 その恐怖心を解消するためにデボラは思案に思案を重ねた。そんなある日、息子が公爵家に代々伝わる聖剣を抜いたと聞かされ、デボラの脳にある解決策が思い浮かんだ。


「あの子が王になればいいんだわ」


 突拍子もない考えだったが、可能性として全くないわけではない。リリィと同様にエドガーもやはり3代前の国王の末裔なのだから。その日以来、デボラは綿密な計画を立てた。長時間かけて練り上げられたデボラの計画だったが、意外にも単純なもので、


「儀式の際、アデラインの時のようにリリィが失踪もしくは死に、残ったエドガーが聖剣を受け取り王になればいい」


というものだった。そのためデボラはリリィとの婚約は誰よりも祝福したし、複数人の婚約者がいると分かってもリリィを擁護した。「婚約者」として戴冠の儀式に同席しなければいけないからだ。


「今度こそ、私は幸せになってやる」


 そこにはかつてのように傷つけられた「自尊心」や「愛情」などは存在しなかった。妄執に似た感情しかなかったがそれでもデボラはよかった。その名前が付けられない感情こそが自分を活き活きとさせてくれると感じていたからだ。

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