夜会は『ざまぁ』の絶好の舞台のようです
エドガーと共に公爵家に着いたのは夕方ぐらいだろうか。まだ来客はなかったが、邸宅内では使用人達がザワザワと忙しなく夜会の準備をしていた。
「凄い豪邸ね」
周囲に聞かれないよう、こっそりとエドガーに囁くと彼はからかうように微笑む。
「君の実家には負けるよ」
そんな話をしているとエントランスに続く中央階段から中年の女性が駆け寄ってくる。
「母だよ」
エドガーの耳打ちが終わらないうちに、エドガーの母親に抱きしめられた。
「リリィ様!お会いしとうございましたわ。最近は全然、遊びに来て下さらないから、寂しかったのよ」
流石幼なじみというだけある。まるで第二の母親のような親しさで私を歓迎してくれる。抱擁が終わると、素早く私とエドガーの服装に視線を巡らし、うんうんと満足そうに微笑む。
「二人共まるでもう夫婦みたいな格好じゃないの!見立てて差し上げなきゃって思っていたんですが、杞憂でしたわね」
「母上こそ、準備はよろしいのですか?」
「ああぁ、そうだったわ。髪飾り、どれにしようか悩んでいたの。リリィ様、よかったら選んで頂けるかしら?」
エドガーの母親は、私の返答も聞かず私の腕にスルリと自分の腕を滑り込ませる。
「我が家の子供は男ばっかりでしょ。こうして娘と夜会の衣装を選ぶのが夢でしたのよ?」
王妃様もだがエドガーの母親もなかなか『いや』とは言わせない独特の雰囲気を持っている。
案内された部屋はそれなりの広さはありそうだが、重厚なインテリアが所狭しと並んでいるせいで少し狭く感じた。
「実はね、リリィ様にこれをお渡ししたくて無理やりお誘いしましたの」
そう言った彼女の手には、ユリをモチーフとした古びたネックレスがあった。
「あなたのお母様から預かっていたの」
「母から?」
「ええ。私とアデラインは学友でしてね。貴女を妊娠した時、もしものことがあったら…と託されましたの」
突然の告白に私は目を白黒させる。
「リリィ様がが孤児として神殿に引き取られた時、我が家の養女にすることも考えたのですが、アビーのお父様がご辞退されて……」
そう言われて初めて祖父なる人物が存在しうる可能性に気付いた。よく考えれば孤児として育てるより祖父が育てればいい話だ。
「神殿で手元に置いて置かれたかったんでしょうね。でも、こうしてエドガーと婚約して下さったわけだから、結果としては良かったのかもしれないわね」
そう言うとエドガーの母は私の背後にまわり、私の首にそっとネックレスを付けてくれた。
「そのネックレスどうしたの?」
夜会の熱気から逃れるようにエドガーとテラスに出た時、突如、そう聞かれた。離宮を出た時には付けていなかったから、気になるのも当然かもしれない。
「エドガーのお母様に頂いたの。私の母の形見なんですって」
ネックレスに手を当てると、火照った身体に金属の冷たさがヒンヤリと伝わる。
「母上がずっと大事にしていたから、てっきり……うん、いやいいんだ」
何か言いかけて言葉を飲み込んだエドガーが気になり、質問しようとした時、カーテンの向こうから男女の話し声が聞こえてきた。
「今年の仮面舞踏会は豪華ですわね」
「やっぱり第一王女の婚約者になったから、羽振りがいいんだろうな」
カーテンが死角となっており、彼らは私達の存在に気付いていないらしい。
「ま、エドガーも見た目だけはいいから、婚約者の一人に潜り込めたんだろうな。やっぱり婚約者になると国から色々貰えるんだろうなー。羨ましいわ」
「お兄様も婚約者に立候補されたら、どうです?王家と親族になれたら、私も素敵な縁談があるやもしれませんわ」
「それはないわね」
彼らの勝手な言い分に腹が立ち気付いた時には、仮面を取って彼らの前に私は姿を現していた。
「えっ、姫様?!」
「なんで?」
私の出現に彼らは明らかに狼狽する。そしてその視界にシャルルが入り私の冷静さが失われるのを感じた。自分が攻略できない相手だからといって、ここまで貶めて恥ずかしくないのだろうか。気付いた時には手に持っていたワインを勢いよくシャルルのドレスにかけた。
「ごめんなさい。手が滑ってしまいましたわ」
手が滑ったというレベルではなく、明らかに悪意があることを彼らは感じたのだろう。シャルルも含め周囲の人間は無言で硬直していた。
「シャルル様、ドレスも汚れてしまったことですし、早くお帰りになられてはいかがです?」
私の中で最大級の悪役令嬢感を出してみたが、おそらくリリィさんなら、もっと上手く彼らを撃退したに違いない。そんな自分が情けなく、彼らの反応を見ず大広間から逃げ出すように、足早に立ち去った。
どれくらい歩いただろう。ふと気付くと、そこは大広間とは対照的で静かで錆びれた雰囲気の回廊だった。
「リリィ、待ってよ」
少ししてエドガーが追いつく。
「あんな奴らには、言わせておけばいいんだよ」
「エドガーは悔しくないの?あんなこと言われて」
怒った風もないエドガーの態度に、逆に私の怒りの方が高まる。
「うーーーん。悔しくないと言ったら嘘になるけど、もう慣れたよ。子供の頃からずっとだから」
「子供の頃?」
「うちは家柄はいいけど、決して裕福ではないんだ。今回の舞踏会だって、あっちこっちから借金してようやく開いたぐらいだからね」
確かに国中の貴族が集まる夜会を開こうと思ったら、とんでもない額が必要になるだろう。
「でもね……僕はリリィに救われたんだ」
「私に?」
「そう。ちょうどいいから見せてあげる」
エドガーは、そう言うと私の手を取り、錆びれた扉の前まで案内してくれた。
「我が家に伝わる秘宝があるんだ」
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