仮面舞踏会イベント発生のようです
「はい!招待状」
アーロンと一夜を過ごした次の日の昼、エドガーはそう言って一通の封筒を渡してきた。朱色の封筒には金の文字で
「第一王女 リリィ様」
と私の名前が書いてある。封筒を裏返すと蝋封が施されており、右下にはエドガーの家名が入っていた。
「エドガーのご実家で開かれるの?」
「うん。明日の夜なんだけど、大丈夫?」
大丈夫なのかと、ヘレナを振り返ると小さく頷かれる。
「大丈夫みたい」
「まぁ、リリィが記憶を無くす前から決まっていたんだけどね」
「わざわざ改めて招待してくれたの?」
うん、と嬉しそうにエドガーは頷く。
「我が家の伝統になっている仮面舞踏会なんだ」
「仮面舞踏会?!」
その素敵なワードに私は思わず飛び上がる。小説や映画にだけ登場するイベント。この世界に転生してから、一度は行っておきたいと思っていた場所でもある。
「そうそう。普通は禁止されているんだけど、我が家は年に一回だけ王室から許可されているんだ」
「なんで禁止しちゃうの?」
「なんでだろうねー?」
エドガーはそう言ってヘレナに振り返る。
「かつては仮面舞踏会は非常に人気を博した夜会でしたが、仮面から徐々に仮装に切り替わっていきました」
「確かに毎回同じ仮面じゃ、詰まらないもんね」
エドガーの感想に頷きながら、ヘレナはさらに続ける。
「そんな中、スターンレ家のご子息がアマの葉と松脂で体を覆って登場されたことがございました。ご子息は魔物の踊りを披露したのですが、たいまつに近づきすぎてしまったため大火傷を負われる事件が発生いたしました」
パリピ気質なスターンレ家の方々は、目立ちたいあまり事故を起こしてしまったのだろう。
「その事故以降は年に一回エドガー様のお宅で開催される以外、仮面舞踏会を開くことは禁止されるようになりました」
「エドガーのお家って凄いのね」
離宮にいるとただのイケメンにしか見えないエドガーだが、先日のお茶会といい公爵家の人間なのだな……ということを思い出させられる。もし私が平凡な女子大生だったら、絶対に知り合うことがない人種だ。
「まぁ、王族であるリリィと比べたら、単なる臣下にしかすぎないんだけどね」
そう言って照れたように笑うエドガー。家のことを褒められるのはまんざらではないのだろう。
「それでね。その日、僕の家に泊まらない?」
「お泊り?」
「勿論、父も母も是非泊まり来て欲しいって、かねてから言っていたし」
義両親からの招待なら断るのは失礼にあたるのではないか……と迷いつつヘレナを見るとやはり小さく頷く。
「大丈夫みたい!」
「ま、外泊するって話も前から決まっていたんだけどね」
そう言うとエドガーは私に小さくウィンクした。
その日の午後、私のベッドの上には多種多様な仮面が並べられた。その圧巻の光景に私は思わず感嘆の声を漏らした。
「仮面舞踏会では夫婦やカップルは対になるようなデザインの仮面を選ぶことが多いんだ」
細やかな刺繍、金箔や宝石などが散りばめられており仮面という道具を超え芸術品のようだった。
「リリィはどれがいいと思う?」
「迷うわね……」
「これなんかどう?」
最初にエドガーが手に取ったのは片方だけ蝶の羽がデザインされた仮面だ。ペアとなる仮面には蝶とユリが付いており、私もエドガーの真似をして軽く仮面を顔に当てる。
「これに合うドレスあるかな?」
エドガーに聞かれ私はクローゼットの中身を思い出す。一つ一つのデザインは思い出せなかったが、転生前の我が家のリビングに匹敵する広さのクローゼットがあるから大丈夫だろう。
「あるんじゃないかな?クローゼットにいっぱいあったもん」
「新調しないの?」
「あれ以上ドレス増やしたら、毎日着替えても死ぬまでかかりそうだよ?デザインが気になるなら一緒に選ぶ?」
そう言った私の顔をエドガーはマジマジと見つめる。
「昔のリリィなら、即職人呼び寄せて徹夜させても新しいドレス作らせたのに…。人が変わったみたい」
リリィさんのなかなかの悪役令嬢ぶりに、苦笑しながら
「エドガーが早く教えてくれないからよ」
と誤魔化した。
案の定、ヘレナに仮面を見せると無数のドレスの中から仮面のデザインにピッタリなドレスを数着、見繕ってくれた。
「こちらのデザインでしたら、一度も袖を通されていないので、公爵家の皆様にも失礼に当たらないかと存じます」
ヘレナから指定されたドレスを試着ながら、そんなことも貴族は考えなければいけないのかと思うとゾッとした。
「これも予め用意していたの?」
そもそもリリィさんの記憶がある時点で仮面舞踏会のことを知っていたならば、ドレスも用意していた可能性もありそうだ。
「エドガー様がお持ちの仮面と合うものをお選び頂けるようリアム様が事前に数パターンドレスをオーダーしていらっしゃりました。」
「リアムさんが……」
名前を聞いて改めて胸が締め付けられた。アーロンと寝てしまえばリアムさんのことを忘れることができるかと思ったが、気付くと自然とリアムさんのことを思い出してしまう。
もしリアムさんに、私がリリィではないことがバレていなかったら、結果は違っただろうか……などと考えながら鏡の中を覗くと、そこには仮面がよく映える見事なデザインのドレスを着ているリリィさんがいた。