自尊心が弱点の~インテリイケメン・シリル視点~
平穏すぎる毎日。それがシリルにとっては最大の問題だった。先週あった一番重大な仕事は病気になった牛を魔法で回復させるぐらいで、あとは村人の話を聞いているだけだ。赴任当初は『暇な時間で研究しよう』とも最初は考えていたが、研究をしたくても資金、設備、資料などが揃っておらず、何もできない。
「あと二十年もすれば、刺激のないこんな生活が逆に心地よくなるに違いない」
シリルは毎朝起きる度に、そう自分に言い聞かせていた。そんな絶望の淵にいたシリルを救ったのは、リリィとリアムだった。彼らは何の前触れもなくシリルが働く神殿にやって来た。
「あら、いい男」
そう言って、シリルの顎に手を置いたリリィに神殿にいた人々はざわつく。風の噂で第一王女が新たに認知されたことを聞いていたが、地方の神官であるシリルに面識がある訳もなく村人同様唖然とするしかなかった。
「リリィ、止めておけ。シリル殿、少し三人だけで話したいのだが、席をもうけてくれないか?」
リアムにそう言われ、渋々といった様子でシリルから手を離したリリィからはふんわりとユリの香りがする。教会のカビくさい匂いとはあまりにも対照的な香りに唖然としながらも自分の執務室に彼らを案内する。
「単刀直入に言うわ。神官を辞めて離宮に来ない?」
シリルにとってはとんでもない提案だったが、リリィは「決して断られない」という謎の自信に満ちあふれていた。
「私が女王になったら、シリルを神官長にしてあげる」
煮え切らない反応のシリルにリリィは更に条件を提示したが、それは彼の困惑をさらに深めるだけだった。本来の希望とは異なる仕事とはいえ、平均以上の収入と安定した生活が約束される神官の仕事を辞めろというのは乱暴な話だった。
さらに離宮といえば、王が王妃と側妃を住まわせていた場所としても有名だ。田舎暮らしと離別できるとはいえ女王の愛人として生活するのは、さすがにシリルの自尊心が許さなかった。
「愛人になれってわけじゃないんだ。あんたが学生時代研究していた移転魔法の研究を離宮で続けてもらえないかって依頼なんだが……」
「卒業論文をご覧になられたんですか?」
「あれは素晴らしかったの一言に尽きるよ。ここで、あの研究が続けられるならばいいが、そうでないならば国益にとっても大損害だ。金は出す。好きなだけ研究してもらっていい」
『王都に戻れる』
降って沸いた俄な希望に期待が膨らむ一方、再び裏切られるのではないかという不安からシリルは返答に戸惑っていた。
「こんな所で埋もれてしまうの?さっき神殿にいたようなピンク頭の田舎貴族の娘と結婚して、支援でもしてもらうつもり?」
リリィにシャルルのことを言われシリルは思わずカッとなる。
「シャルル様はそんなんじゃありません」
確かにこの数週間、ボランティアと称してシャルルが神殿に通ってきているのは事実だった。ただこの神殿の領地の領主の娘というだけであり、シリルは彼女に対して特別な感情を抱いていない。未婚の女性の名誉と自分のために自然と声は荒くなる。
「あら、それは失礼。それじゃあ平凡な田舎娘と結婚して、平凡な家庭を築いて何も残さないで死んでいくつもり?」
リリィの切ってきた次の手に今度は顔が赤くなるのをシリルは感じた。今度は図星だったからだ。先週から浮気者の夫についてホリーから相談を受けており、昨日は「離婚してシリルと結婚したい」と伝えられたばかりだった。
「それの何がいけないんですか?」
「別にその幸せを否定しないけど、あんたの能力には見合わないって言ってるの。あんたはこんな所に埋もれるべき人材じゃない」
それはシリルが子供の頃から自分に言い聞かせていた言葉だった。そして学校を卒業してから数年、一番かけて欲しい言葉でもあった。
「行きます。離宮で働かせて下さい」
気付いた時にはシリルの口が勝手にそう申し出ていた。