大人な恋は悪役令嬢にはまだ早すぎるようです
私は鼻歌交じりに自室へ続く廊下を歩いていた。行きの時とは異なり、足取りがひどく軽くなってような気がした。しかしそんな上機嫌な気持ちに水を差すようにリアムさんは
「お前、変なこと想像していただろ」
とニヤニヤしながら言う。
「だ、だって…!」
「初心だと思っていたが、なかなかだなお前も」
「ち、違うもん。三人でなんてしたことないわよ!」
慌てて否定するがリアムさんのニヤニヤは止まらず墓穴を掘ったことに気付かされ、耳まで赤くなるのが伝わってきた。
「まぁ、リリィも流石にそこまではしてないと思うから、安心しろ」
そう言って頭をポンポンと叩かれる。
「リリィも……ってことは、リアムさんはしたことあるの?」
純粋な疑問を投げかけると今度はリアムさんが狼狽する番だった。初めてやり返せたような気がして私はさらに言葉を続ける。
「まぁ、大人だしね~~。そいう経験はあってもいいとは思うんだけどね……。リリィさんは知っていたのかしら?」
「おい、大人をからかうな」
肩を掴もうとするリアムさんの腕をスルリと抜けて私は小走りに少し先に走る。そんな私を捕まえようと駆け寄ってくるリアムさんが嬉しくて私は再び小走りに部屋へ向かった。
「大丈夫よ。内緒にしておいてあげる」
部屋に到着した時、二人とも肩で息をしていたが、それすらも楽しかった。
「だから俺はしてないって」
「嘘だ」
「嘘じゃない。リリィと寝たことだってない」
突然の衝撃の告白に私は目を見開いた。
「いやいやいや、それはないでしょ」
「なんでだよ」
「だってあんなにリリィさんのこと好きなのに?」
手に取るようにハッキリとリアムさんの顔が赤くなったのが分かった。そんな彼を見て『ほら、やっぱり好きじゃん』と心の中で拗ねる自分もどこかにいた。
「なんか、本人からその言葉を聞くと……衝撃だな」
「でもリアムさんは、リリィさんを女王にして金儲けしよう……みたいなスタンスを取っているけど、めちゃくちゃリリィさんを好きってことは、ここにいるみんなも知っていると思うよ?」
「そ、そうなのか?」
「そりゃ~そうでしょ。リリィさんが倒れた時、ここに居る人の中で一番心配していたのリアムさんだったもん」
ここで初めて目覚めた私をベッドで抱きしめたリアムさんからは、微かに恐怖心が伝わってきたことはいまだに覚えている。
「でも十五も年齢が違う。娘だって言ってもおかしくない」
少し寂しそうに呟いた言葉は、おそらく何度も彼の中で繰り返し自問自答した言葉なのだろう。妙な重みがあった。
「そうやって言い訳しているんでしょ?」
「じゃあ、どうしろってんだ」
そう言ってリアムさんは私を睨む。
「どうしてもリリィを女王にしなきゃいけないんだ。そのためには婚約者は必要だ。でも、その連中と一緒になってリリィを抱くなんて俺にはできない」
財政的に全面で支えているリアムさんが求めれば、リリィさんは彼の愛情に応えたに違いない。ただ純粋すぎるリアムさんの愛情は、それを許さないのだろう。年齢なんて彼の中では言い訳の一つにすぎないのだ。
「女王にどうしてもならなきゃいけないの?死んだこととかにして、こっそりリアムさんの領地に隠れ住んだらいいんじゃないの?」
「女王にしなきゃいけないんだ……」
この答えも又、何度も何度も自分に問いかけ得ていたのだろう。
「リリィと約束したんだ」
苦しそうにそう言うリアムさんが、小さな子供のように見え思わず抱きしめていた。
「ごめんなさい。言いすぎた」
それに応えるようにリアムさんもおずおずと私の背中へ手をまわす。もう私にはかける言葉がなかった。時々こうして私には分からないリリィさんとリアムさんの世界があることを痛感させられる。
もし私がちゃんとリアムさんを攻略していれば、彼の悩みや生い立ちをもう少し理解できていたのかもしれない。ただゲームには学園に現れる年上セレブとしてしか現れず、智子に言われるまで攻略対象だとは知らなかった程だ。
せめて私が本当に転生しており一からリリィさんの人生を歩んでいたら、どれほど違ったことだろうか……と思わずにはいられなかった。