シャルルの野望1
シャルルは破かれたデザインを片手に城内の道をトボトボと歩いていた。先ほどまで大きな青い瞳からこぼれていた大粒の涙は嘘のように止まっており、彼女の表情は冷静そのものだ。
「おかしい……」
当初の予定では学園卒業後、王都で暮らすためにラルフの香水店でデザインをして生計を立てるつもりだった。勿論、彼女の実家はけた外れの財力を有しており、働かなくても遊ぶだけのお小遣いや王都の別邸を与えてくれたが、それでは外聞が悪すぎた。
婚約破棄され、親のお金で遊び歩いている地方男爵令嬢。
次の縁談に差しさわりがあることをシャルルは誰よりも認識していた。既にアーロンとの縁談が流れた時点で、貴族階級との縁談は激減しており、借金を多額に抱えた地方貴族か商家からしか話が来なくなっている。目に入れても痛くない程溺愛している両親ですら、
「次の仮面舞踏会では素敵な出会いがあるといいわね」
「こんな可愛いシャルルちゃんなら、きっと素敵な王子様が現れるさ!」
と焦りを見せ始めている。だから少なくとも大したお金にならなくても、何らかの理由をもってシャルルは王城で生活を送りたかったのだ。そんなシャルルが一番に思い付いた就職先がラルフの香水店だった。
学生時代からお得意様ということもあり、デザインを持っていくと意外にもあっさりラルフが目を通してくれ、新作のデザインに採用してもらえる流れになった。その対価は彼女が月々親からもらっているお小遣いと比べると微々たる額でしかなかったが、『デザイナー』としての地位を手に入れられることは魅力的だった。ところがそこにリリィが現れ、ささやかな野望を邪魔したのだ。
「リリィが、ラルフの店に来るなんて、予想外よ」
デザイナーになりたいわけでも、ラルフの店の商品……自分のデザインさえも思い入があるわけではなかったので、デザインを破かれたのは痛手でもなんでもなかったが、リリィの予想外の行動が気になった。
「ラルフの仕事にさほど興味を持っておらず、『女王から押し付けられた婚約者』として扱っているのだとばかり思っていたのに」
桜色に塗られた親指の爪を彼女は思わず噛んだ。
「こんな展開、ゲームじゃなかった……」
そもそも『どきどきプリンセスッ!』のエンディングは、学園生活で終わりを迎える。それ以降の生活に関してはエンディングでサラっと説明されるだけだ。既に学園卒業後の現在の生活自体が想定外となるが、シャルルはこの時になり初めて静かな焦りを感じていた。
「十八年……私の人生、青春、全てをかけてきたのよ。こんなことで私の計画をつぶすわけにはいかないんだから」
そう言って彼女は、小高い丘の上にある王宮を睨んだ。
「絶対、私が女王になるんだから」
とんでもない野望は誰の耳にも届くことなく、静かに石畳の中に消えていった。