安価な労働力が貴族を支えているようです
「リリィ、ごめんね。それとありがとう」
店内の奥に設けられた半個室のソファーに座りながら、ラルフに改めて謝罪された。
「俺にもお礼があっていいと思うんだが」
私達の向いに座り、出されたワインを飲みながらそう言ったリアムさんを気にした風もなく、ラルフは「そのワイン美味しいだろ?」と微笑む。
「斬新なデザインをする子だったから、何度かデザインを起してもらっていたんだ。だけど、異国の商品の模造だったとは……。僕の知識がないばかりに危うく気付かないで商品化してしまうところだったよ。後から判明したら大損害だった」
「知らなくても当然よ。とても遠い国の商品だから」
私の指摘を聞いたラルフさんは、シャルルさんのデザインをその場で破り捨ててしまい、彼女は泣きながらお店を出て行った。少し大事になりすぎて、やりすぎたかな……という不安も少し首をもたげる。
「リリィにはお詫びとお礼に、昨日使っていた香油をプレゼントさせて」
そう言ってテーブルの上に置かれた小瓶は、ショーウィンドウに飾られたものよりもさらに精巧で、瓶の蓋の上にはユリの花の装飾がついていた。
「こ、これ高いんでしょ?」
値札は付いていなかったが、明らかに十ゴールド以上はしそうだ。しかしラルフは私の慌てる姿を見てクスクスと笑う。
「この香油はリリィの愛用している香水に僕が愛用している香油を混ぜたものなんだ。そんなものを誰かに売るわけがないだろ?君にプレゼントするためだけに作ったんだ。まぁ、だからお詫びとお礼っていうのは口実なんだけどね」
それならば貰わないわけにはいかないな…と思い手に取り、あることに気付く。
「これラルフさんが作ったの?」
「そうだよ。といっても僕はレシピを考えるだけで、調合作業は別のエルフ達が行っているんだ。せっかくだから工房も見ていくかい?」
「もちろん」
ちょっとした社会見学にワクワクしてそう答えると、リアムさんは
「おい、工房をこいつに見せるのか?」
と慌てて止めにはいった。
「そうだよ?ダメ?」
突き放すようにして、そう言ったラルフの横顔はひどく冷たい空気をまとっているような気がした。
「ダメじゃないが…」
「君が来たくなかったら別に来なくていいよ。さ、行こう」
差し出されたラルフの手におそるおそる手を重ね、個室を出る。ふと後ろを振り返ると渋々といった様子でリアムさんが後からついて来ており小さく安堵した。工房はどうやら店の地下にあるらしく、ラルフさんに手を引かれながら石造りの階段を降りていく。想像していた“工房”とは異なり、階段を一段降りることに湿気と陰鬱な雰囲気が強くなる気がした。
「僕達の国がなくなった時、貴族は王妃様のような隣国の有権者らによって亡命することができたんだけど、逃げそこなったエルフ達は大々的に奴隷として売買されたんだ」
その言葉が指す意味が“工房”の扉の前に来てようやく理解した。簡素だが分厚い木で作られた扉には何重ものカギがかけられており、念を押すように大きな魔法陣まで描かれていた。
「ここが工房だよ」
私はラルフの顔を怖くて見ることができなかった。
「ここから先は僕でも開けられないんだ。鎖でつながれながら働かされている仲間を自由にしてあげたいけど王妃様が買われた奴隷だから、逃がしたら今度は僕達がここで働かされちゃう」
重厚な扉にそっと手を置きながらラルフはおどけたようにそう言った。
「国王様はこのことは…」
「ご存知だとは思うけど、王妃様の財源の一部がこの店の収入だってこともご存知だから何も仰らないんじゃないかな」
店頭で販売されている商品はどれも非常に高価だったが、エルフ店員効果なのだろうか女性客は取り合うようにして商品を購入していた。月額に換算すると非常に多くの収益を得ているのは明白だ。
「だから私なの?」
泣きそうになりながら私は、すがるようにラルフの手を握る。「違う」「恋に落ちた」という言葉をあえて言って欲しかった。だが無情にも彼は首を縦に振った。
「僕は元王子として、ここでは何もできないんだ。毎日、愛嬌をふりまいて“工房”を見ないふりをして…」
ラルフの手を離しフラフラとした私の肩をリアムさんが支えるようにして抱いてくれた。
「だからって、ここまで連れてくるこたぁねぇだろ」
リアムさんの指摘にラルフは力なく頷き同意する。
「昨夜も言ったけど、僕はリリィをちゃんと口説くことができなかったんだ。だから…君が記憶を失った時決意したんだ。今度はちゃんと口説くって」
ラルフは片膝を地面につくと私の手を取った。
「こんな無力で卑怯な僕を助けて欲しい。僕を夫にして同胞を救うだけの力を与えて欲しい。それができるのは君だけなんだ」