こじらせた初恋の結果~黒髪騎士・アーロン視点~
日が完全に落ちた頃、遠くから聞こえるガチャリという音にアーロンは慌ててテラスに出た。身を少しばかり乗り出せば、ちょうどリリィの部屋のテラスが見えるのだ。夕方、リリィに無言で怒りをぶつけたことをアーロンは気にかけていた。
『泣いているだろうか』
『怯えさせてしまった』
『婚約解消するのだろうか…』
そんな不安と共に暗闇に目をこらすもリリィの代わりにリアムが現れ、アーロンは慌ててテラスの柵の下に身を隠す。
『見られたか…』
一瞬、リアムと目が合ったような錯覚に陥るも、こんな暗闇の中で見つかるわけはないと、再び柵の隙間から眼下のテラスの様子を伺った。少しするとガウンだけを羽織り少し乱れた髪のリリィが現れ、アーロンの胸はザワザワとさせられる。
『戦場か…ここは』
三年前に魔族が王城を襲った時の記憶がにわかに思い出された。まだ分隊長になったばかりということもあり、前線ではなく王宮の警備と比較的、安全な場所で魔物の大軍の襲来に備えた。しかし壁の先に敵がいないか、大切な人の死が待っていないか…。そんなヒリヒリとするような緊張感に包まれながら過ごす数日間は、生きた心地がしなかった。その感覚と酷く似ている。
リリィとリアムの会話はアーロンの耳には届いていなかったが、星空を見ながら身を寄せ合う二人は男女の関係にあるのだということは遠目にも伝わってきた。
「何やってんだ…俺は…」
そう小さく呟きながら、アーロンは姿勢を低くしたまま部屋に戻った。
「そもそも俺には無理なんだよ」
部屋のベッドの上に仰向けに寝転がりながらアーロンは大きくため息をついた。
アーロンの一族は武芸を得意としており、一族の中から必ず近衛隊の隊長になる人物が現れた。幼い頃のアーロンもまた、その姿に憧れ日夜武芸に勤しんでいた。そのため女性には興味はあったが、恋に落ちる…というような機会に恵まれることはなかった。
そんなアーロンを心配して親が見合い話を持ってきたこともあったが、どれも同じ女性に見え決め手に欠けた。その中でもピンク色の髪をしている肖像画が目に入り、
『あの髪色なら夜会でも直ぐに見つけられるだろう』
とその人物とのお見合い話を進めて貰った程だ。勿論、その人物を「可愛い」と思うことはあっても、『好きだ』『愛している』という感情は湧かなかったが、それ以上考えても答えがでそうになかったので「結婚とは、そんなもんだ」と勝手に納得していた。
だからこそ複数人の男があの手この手でリリィを取り合っている離宮での現在の状況は、自分がひどく無力な存在だということにアーロンは早々に気付かされた。伯爵家出身のアーロンは、エドガーやラルフには身分では適わず、リアムのような潤沢な資金源もなかった。またシリルのような知識もなく、気の利いた言葉だって与えられない。
そもそもリリィと出会った夜会ですら友人に
「婚約が発表されたら、女を漁るための夜会なんて行けなくなるんだぞ」
と無理やり誘われ渋々参加した程だ。しかし、ほぼ夜会に出席したことがないアーロンは、見知らぬ女性と楽しげに話す友人を横目に見ているのが関の山だった。最初は友人もなんとかして、アーロンを楽しませようと努力していたが、自分にいい雰囲気の女性が現れるとそのまま何処かへ行ってしまった。
仕方なしにアーロンは壁際、部屋の隅と居場所を求めさまよっていたが、気づいた時には中庭にある東屋に座っていた。
「こんな所にいた」
『義理も果たしたし、そろそろ帰ろうか…』と立ち上がろうとした時に、そう言ってリリィが現れた。
黒く艶やかな髪に、意志の強さを感じさせる金色の瞳、白く透き通った肌、かすかなユリの香り…全てがアーロンの五感を官能的に刺激した。アーロンが返事をしようと言葉を探しているうちに、リリィはそのまま彼の膝に乗り唇を重ねてきた。
『人違いだ』
そんな言葉が何度も出かかったが、リリィの濃厚な口づけに脳内は霧がかかるような感覚に陥る。しかし本能とは正直なもので、しばらくすると自然とアーロン自ら彼女を求め始めていた。